マルコス・デ・ニサ

マルコス・デ・ニーサ（Fray Marcos de Niza, 1495年頃 - 1558年5月25日）は、16世紀初頭にスペイン領アメリカで活躍したフランシスコ会の修道士です。現在のフランス、ニース（当時のサヴォイア家領）出身である彼は、ヌエバ・エスパーニャ副王アントニオ・デ・メンドーサによる北米南西部への重要な探検隊を誘発するきっかけを作った人物として歴史に名を残しています。しかし、彼の報告には誇張や誤りが含まれていたとされ、その真偽は今日まで議論の対象となっています。

マルコス修道士がアメリカ大陸に渡ったのは1531年のことでした。ペルー、グアテマラ、そしてメキシコといったヌエバ・エスパーニャ各地で熱心な布教活動を行う中で、彼は一つの興味深い物語に触れることになります。それは、1528年にフロリダ沖で難破したパンフィロ・デ・ナルバエス率いる遠征隊の生存者たちが、8年もの歳月をかけてメキシコのシナロア州クリアカンにたどり着いたという話でした。この生存者の中には、後にその過酷な体験を記した『難破』を著すカベサ・デ・バカや、ムーア人のエステバニコが含まれていました。彼らが語る北方の地には、莫大な富が存在するという伝説がまことしやかに伝えられていたのです。

こうした話に刺激されたヌエバ・エスパーニャ当局は、北方の地の調査を決定します。そして、マルコス修道士はその探検隊のリーダーとして選ばれました。彼には、かつて北方の地を旅した経験を持つエステバニコが案内人として同行することになります。1539年3月、マルコス修道士とエステバニコらはクリアカンを出発し、今日の米国アリゾナ州南東部を横断する探検の旅に出ました。彼らの目的は、生存者たちが語った伝説の「シボラの七都市」を見つけ出すことでした。

探検の途上、一行はシボラの近くまで到達したとされています。しかし、エステバニコが先行中に先住民との間でトラブルになり死亡したという報告を受けたマルコス修道士は、自らはシボラの街に立ち入ることなく、遠くからその様子を観察するにとどまったと言われています。クリアカンへの帰還後、彼はその見聞をまとめた報告書「七都市の発見（Descubrimiento de las siete ciudades）」を作成しました。この報告書の中で、彼はシボラを遠くから見た印象として、メキシコシティに匹敵するほど巨大な都市であると記述しました。この規模に関する記述は、遠景からの観察としては必ずしも不正確ではなかったかもしれません。

しかし、彼の報告書には、シボラが金銀財宝に溢れる豊かな都市であるかのような、伝え聞いた話や推測を多く盛り込んだ形跡が見られます。これは、当時のスペイン人が新世界に求める黄金都市伝説と結びつき、シボラに対する過大な期待を抱かせました。このマルコス修道士の報告こそが、翌1540年にヌエバ・エスパーニャ副王アントニオ・デ・メンドーサが、フランシスコ・バスケス・デ・コロナドを隊長とする大規模な探検隊を組織し、北方の地、特にズニ・プエブロへと派遣する直接的な契機となったのです。

コロナドによる探検隊が組織される際、マルコス修道士はかつてシボラに到達した人物として、その案内役を務めることになりました。しかし、探検隊が実際にズニ・プエブロに到着し、彼らが目にした光景は、マルコス修道士が報告したような豊かな黄金都市とは全く異なるものでした。そこにあったのは、期待された富とは無縁の、質素なプエブロ（集落）だったのです。この現実との大きな乖離は、探検隊に深刻な失望をもたらしました。

コロナドの探検が始まる直前、マルコス修道士はフランシスコ会のメキシコ管区長という重要な役職に任命されていました。しかし、コロナド探検の失敗とそれに伴う失望のためか、彼は1541年には首都メキシコシティへと戻らざるを得なくなりました。その後、彼はメキシコで余生を送り、1558年5月25日にこの世を去りました。

マルコス・デ・ニーサ修道士は、その見聞録がスペインによる北米南西部探検の扉を開いた一方で、彼の報告の正確性や意図を巡っては歴史家たちの間で様々な評価があります。彼の物語は、当時のスペイン人が抱いていた新世界への夢と、それが現実と衝突した際に生じる失望を象徴していると言えるでしょう。彼の足跡は、大航海時代における探検家たちの希望、誤解、そして知られざる土地への飽くなき探求心を映し出しています。

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