マルコマンニ戦争

マルコマンニ戦争：ローマ帝国を揺るがした北方民族の大侵攻

マルコマンニ戦争（162年～180年）は、ローマ帝国の北方国境で発生した大規模な戦争です。マルコマンニ族が主要な敵対勢力として名を連ねますが、実際には多くのゲルマン系部族がローマ帝国に侵攻しました。この戦争は、マルクス・アウレリウス帝の治世中に勃発し、彼の死後、息子のコンモドゥス帝によって終結を迎えました。アウレリウス帝の哲学書『自省録』はこの戦争中に執筆されたと考えられています。

緊張の高まり：帝国国境の不安定化

ネルウァ＝アントニヌス朝時代、ハドリアヌス帝による国境強化策により、ローマ帝国は比較的平穏な時代を過ごしました。しかし、アントニヌス・ピウス帝の治世末期から国境の不安定化が進み始めます。アントニヌス・ピウス帝の死後、マルクス・アウレリウス帝は即位すると、まずパルティア帝国との戦争（第六次パルティア戦争）に直面しました。この戦争でローマは勝利しますが、ライン川・ドナウ川国境の守備が手薄になります。さらに、アントニヌスの疫病が帝国内で猛威を振るい、帝国は深刻な打撃を受けました。この国境防衛の弱体化と疫病の流行、そして周辺部族の動乱が重なり、ローマ帝国の国境は危機的な状況に陥ります。162年、ドナウ川周辺にいた部族がローマ領内に一斉に侵攻を開始、マルコマンニ戦争が勃発しました。

激化する戦火：初期の戦闘と休戦協定

最初の攻撃はカッティ族とカウキー族によって行われ、ゲルマニア・スペリオル属州とラエティア属州に侵入を試みました。しかし、ローマ軍の抵抗に遭い、数年の戦闘の末に敗走しました。しかし、この侵入は戦争の序章に過ぎませんでした。様々な部族が次々とローマ領内に押し寄せます。166年から167年にはロンバルディア人がウビイ族、ラクリンギ族を引き連れてパンノニア属州に侵入、ローマ軍と衝突。ローマ軍は反撃に成功しましたが、パンノニア総督は周辺部族との交渉に乗り出し、マルコマンニ族の王バルロマルを仲介役として休戦協定を結びました。しかし、この協定は恒久的なものではなく、後に大きな禍根を残すこととなります。

同時期、ダキア属州ではヴァンダル族の一部部族が、ハスディンギ族とラクリンギ族と共に侵攻。ローマ軍は苦戦を強いられ、ダキア総督が戦死する事態となりました。アウレリウス帝は、パルティア戦争から帰還した第5軍団「マケドニカ」をダキアへ派遣しました。

ローマ帝国の反撃と大敗：パンノニア遠征とジャマタエ人との戦い

168年、アウレリウス帝は共同皇帝ルキウス・ウェルスと共に反撃を開始、アクイレイアに本陣を置き、アルプス山脈を越えてイリュリア地方、そしてカルヌントゥムへと進軍しました。しかし、途中でルキウス・ウェルスが急死する事件が発生します。その後、アウレリウス帝はジャマタエ人を討伐しようとしますが、戦いは膠着状態に陥りました。

この隙を突いて、コストボキ族がトラキア属州に侵入、バルカン半島北部を荒らし回ります。アテネにまで到達し、多くの被害を出します。さらに、ローマと比較的友好的な関係にあったマルコマンニ族が裏切り、バルロマル王は周辺部族と同盟を結び、カルヌントゥムのローマ軍本陣を襲撃。ローマ軍は大敗を喫し、約2万人の兵士が戦死しました。

決死の抵抗と反転攻勢：アクイレイア包囲の解除と勝利

マルクス・アウレリウス帝は、帝国全土から増援を呼び寄せ、本土防衛に全力を尽くします。将軍ペルティナクスなども活躍しました。アウレリウス帝は「プラエテツゥラ・イタリアエ・エト・アルピウム」という新たな軍組織を創設、本土防衛を強化しました。171年、アクイレイア市の包囲は解除されました。アウレリウス帝は外交工作を展開、いくつかの部族と休戦協定を結びます。

172年、ローマ軍は反転攻勢を開始、マルコマンニ族などを撃破しました。この勝利によりアウレリウス帝は「ゲルマニクス」と「ゲルマニア・カプタ」の称号を授与されました。しかし、休戦したはずのクァディ族がマルコマンニ族を支援していることが発覚し、戦争が再開されました。この戦いでは「雨の奇跡」と呼ばれる奇跡的な出来事が起こり、ローマ軍は勝利します。

その後も、クァディ族への追撃やジャマタエ人との戦いなどが続き、175年にはジャマタエ人がローマに屈服しました。アウレリウス帝は「サルマティクス」の称号を得ます。

戦争の終結とその後：アウレリウス帝の死とコンモドゥスの和平

177年、クァディ族とマルコマンニ族が再び侵攻、アウレリウス帝は第二次遠征を決断します。しかし、180年、アウレリウス帝はウィンドボナで病没しました。帝位を継いだコンモドゥス帝は、戦争の長期化と莫大な費用を考慮し、クァディ族とマルコマンニ族と和平を結びます。ジャマタエ人などとの戦いも終結し、182年、コンモドゥス帝は「ゲルマニクス・マキシムス」の称号を授与されました。しかし、この和平は長くは続かず、4世紀以降、ローマ帝国は再び北方民族の侵入に苦しむことになります。

マルコマンニ戦争は、ローマ帝国の軍事力と政治的影響力の限界を浮き彫りにしただけでなく、帝国内の社会情勢や、後のローマ帝国の衰亡へと続く大きな転換点となりました。この戦争を通して、アウレリウス帝は自身の統治と哲学の深遠さを『自省録』に記し、後世へと貴重な記録を残しました。

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