マルセル・パニョル

1895年にフランス南部のオーバーニュに生を受け、1974年にパリで生涯を閉じたマルセル・パニョルは、20世紀フランス文学および映画史において、独自の地位を確立した多才な芸術家です。小説家、劇作家、そして映画作家として、特に彼の故郷であるプロヴァンス地方を舞台にした作品で、世界中の読者や観客から愛されています。

教員であった父ジョゼフと、お針子であった母オーギュスティーヌの長男として生まれたパニョルは、マルセイユで兄弟妹とともに育ちました。幼少期から文字に親しみ、驚異的な読解力を見せましたが、健康を気遣う母によって読書を制限された時期もあったといいます。また、オーバーニュ近郊にあるラ・トレイユの村で過ごした夏の記憶は、後に彼の創作活動における重要な源泉となりました。

10歳でマルセイユの名門リセの奨学金試験に合格し、2番という優秀な成績で入学。ここで、後にアカデミー・フランセーズ賞作家となるアルベール・コーエンと出会い、生涯にわたる友情を育みました。15歳で早くも戯曲を執筆するなど、若い頃から文才を発揮していましたが、当初は父と同じく教育者の道を選び、リセの英語教師となりました。

しかし、創作への情熱は抑えがたく、教師を辞してパリへと移り、劇作に専念することを決意します。1924年、彼の最初の戯曲『名誉を売る商人』が上演され、劇作家としての第一歩を踏み出しました。そして1929年に発表された『マリウス』は大きな成功を収め、これは後に『ファニー』、『セザール』へと続く、マルセイユを舞台にした不朽の三部作の始まりとなります。

劇作家として確固たる名声を築いたパニョルは、次に映画という新たなメディアの可能性に目を向けました。1931年には、自身の戯曲『マリウス』を自ら映画化。これにより、彼は映画作家としてのキャリアもスタートさせました。監督として多数の作品を手がけ、舞台で培った人物描写の巧みさと、プロヴァンスの豊かな自然の風景を融合させた独自の映像世界を創造しました。その功績は高く評価され、1946年には映画作家として初めてアカデミー・フランセーズの会員に選ばれるという歴史的な栄誉に浴しました。

晩年は小説執筆にも力を入れました。特に、自身の少年時代の思い出を綴った自伝的な四部作は、多くの読者を魅了し、そのうちの一部はイヴ・ロベール監督によって『プロヴァンス物語』として映画化され、日本でも広く知られるようになりました。また、自身の映画を小説化した『丘の泉』は、後にクロード・ベリ監督によって『愛と宿命の泉』として再映画化され、世界的な称賛を集めました。

パニョルの作品の大きな特徴は、故郷プロヴァンスの風土、そこに暮らす人々の生活、そして人間関係の機微を、温かくユーモアあふれる筆致で描き出す点にあります。その真摯で人間味あふれる作風は、同時代のサシャ・ギトリらと共に、後の映画における「作家主義」の文脈でも再評価されることになります。

私生活では二度の結婚を経験し、最初の妻シモーヌとの結婚は父親にあまり好まれなかったようです。二度目の妻は女優のジャクリーヌ・ブーヴィエでした。

1974年 4月18日、パリの自宅にて79歳で死去。彼の遺体は、少年時代を過ごしたプロヴァンス、ラ・トレイユ村の市営墓地に、両親や弟、そして妻と共に静かに眠っています。近くには、第二次世界大戦で命を落とした幼馴染の墓もあり、彼の自伝に描かれた親しい人々との絆が感じられる場所となっています。

主要作品（一部）

戯曲: 『名誉を売る商人』、『マリウス』、『ファニー』、『セザール』など
小説: 『少年時代の思い出』（全四部）、『丘の泉』など
* 監督映画: 『マリウス』(1931)、『セザール』(1936)、『二番芽』(1937)、『パン屋の女房』(1938)、『井戸掘りの娘』(1940)、『泉のマノン』(1952)など

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