マルティニーク島侵攻 (1674年)

1674年、仏蘭戦争のさなか、ネーデルラント連邦共和国（オランダ）はフランス王国領であったマルティニーク島への侵攻を試みました。しかし、数に勝るオランダ軍に対し、フランス軍が決定的な勝利を収めるという番狂わせが起きました。

背景

1672年、フランスとイングランドはオランダに宣戦布告しました。しかし、オランダが北海での海戦で勝利したことで、イングランドは1674年にウェストミンスター条約を結び、戦争から離脱。これにより、オランダは海軍力をフランスに集中させることが可能となり、カリブ海におけるフランス植民地事業の拠点であったマルティニーク島への侵攻が決定されました。

オランダ側の思惑としては、自国のカリブ海におけるプランテーションが戦争で荒廃していたため、マルティニークを占領することで、残りのフランス植民地を迅速に征服し、小アンティル諸島全体の支配を目論んでいました。

この目標を達成するため、オランダは当時最高の海軍提督と謳われたミヒール・デ・ロイテル提督（対イングランド海戦での勝利で、イングランドを戦争から脱落させた功績を持つ）率いる大艦隊を編成しました。この艦隊は、80門の旗艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」を筆頭とする戦列艦18隻、支援船と輸送船36隻、そして3,400人の侵攻軍から構成されていました。陸軍の指揮官には若いスティルム伯爵が任命され、軍事総督として振る舞う予定でしたが、マルティニークへの強襲自体はオランダ最高の攻城戦専門家であるホルネ伯爵が指揮を執ることになりました。

一方、マルティニークの守備軍は、半ば職業的な民兵で構成されており、騎兵2個大隊と歩兵数個大隊、理論上は約2,000人に上りました。しかし、指揮官であるバース侯爵は、政府所在地であり島の北部に位置するサン＝ピエールに守備軍を集中させるという失策を犯しました。ロイテルは、西海岸にある主要な港、フォール＝ロワイヤルへの攻撃を選択します。フォール＝ロワイヤルは、現地の民兵隊が駐留する要塞と、トマ＝クロード・ルナール・ド・フシャンベルグを艦長とするレ・ジュー（Les Jeux）によって守られていました。さらに、港に停泊していた商船からの支援も期待できる状況でしたが、不確定要素も多くありました。

まず、フォール＝ロワイヤルの民兵隊にはわずか100人しか集まらず、しかも隊長を含む4分の1が脱走してしまいました。入港していた商船のうち、武装していたのはサント＝ユスターシュ（Saint-Eustache）の1隻のみでした。要塞も、実際には急勾配の岬の周りに配置された木製の柵、水辺にある要塞化されていない砲台2箇所、岬の南端にあるフォール＝ロワイヤル湾の内港に向けている大砲4門、そして東側の停泊地を睨んでいた大砲約12門の砲床があるだけでした。そのため、最も強力な武装は戦艦「レ・ジュー」でしたが、28門フリゲートと小型船であり、全長はわずか100フィート、乗員も150人しかいませんでした。

戦闘

1674年 7月19日、オランダ艦隊はマルティニーク沖に到着しましたが、海が穏やかだったため攻撃を開始できず、フランス側に防御を固める時間を与えてしまいました。商船2隻が自沈させられ、内港の入り口には防材が設置されました。経験豊富な探検家ギヨーム・ドランジュ（Guillaume d'Orange）が残りの民兵を編成。民兵隊への増援として海員が派遣され、自沈した商船からの志願兵とレ・ジューからの少数のマスケット銃手も加わりました。7月20日の朝、マルティニーク総督アントワーヌ・アンドレ・ド・サント＝マルトが兵士を率いて到着し、守備の指揮を執りましたが、これらの増援を合わせても守備軍はわずか160人でした。

オランダ軍の攻撃は9時に始まりました。まず艦隊が砲撃を行い、続いて上陸軍の第一波が無甲板船の船隊で、要塞の西側にある守備されていない崖に向かいました。上陸軍は11時に平民の集落がある砂浜に上陸しましたが、守備軍は要塞から砲撃を行い、スティルム伯爵が負傷しました。民間の記録によると、オランダ軍の多くが上陸後に規律を失い、ラム酒の倉庫の略奪に走ったとされていますが、オランダ軍の指揮官は残りの軍勢を率いて要塞への強襲を準備しました。

オランダ軍は要塞の陸側にある柵に向けて進みましたが、民兵と海員のマスケット銃射撃で撃退されました。オランダ軍の別働隊が崖を登って要塞の内側に入れる狭い道を見つけましたが、その攻撃はドランジュに見破られました。古傷によりマスケット銃を扱えないドランジュは、オランダ軍に石を投げつけ、他の兵士や海員も急いで駆けつけ、ドランジュと共に戦いました。海軍の派遣隊の指揮官だったマルティニャック少尉（Martignac）は、密集していたオランダ軍に向けて繰り返し発砲し、1発で2人を倒すように照準しました。やがて戦闘は近接戦となり、オランダ軍の軍旗手が殺され、旗が奪われました。この旗を奪ったのはルナール自身だとされています。

オランダ軍は混乱しつつ撤退しましたが、午後には攻撃を再開しました。まずフリゲートで港を直接攻撃しようとしましたが、自沈した商船に阻まれて失敗。逆に西側の要塞の砲台からの縦射と、東側の内港にいるレ・ジューとサント＝ユスターシュからの片舷斉射に晒されました。オランダ艦が撤退すると、陸軍が再び要塞を攻撃しましたが、ルナール艦長はレ・ジューを内港のより近い場所に移動させてぶどう弾の斉射で応戦し、さらにレ・ジューの旋回砲6門を要塞に配置してオランダ軍に直接砲撃できるようにしました。結局、数時間にわたる攻撃は失敗に終わり、ロイテルは撤退を命じました。オランダ軍は死者143人、重傷者378人を出す大損害を被りました。

一方、フランス軍の損害は戦傷者を含めてわずか16人でしたが、弾薬が不足しており、オランダ軍がすぐに襲撃を再開すると考えられました。そのため、サント＝マルトは要塞を放棄して船を燃やすように命じました。残りの商船はすぐに出港しましたが、ルナール艦長はサント＝マルトの命令をできるだけ無視し、夜通しレ・ジュー艦上で待機しました。翌朝、オランダ軍の動きが全く見えなかったため、ルナールは調査を命じました。その結果、オランダ軍が夜の闇に紛れて乗船し、オランダ艦隊が去ったことが判明しました。残されていたのは、戦死者と重傷を負って動けなかった人々、そして放棄された武器と装備でした。守備軍は劇的、かつ予想外の勝利を収めたのです。

その後

フランスの歴史家は、マルティニークでの戦闘を驚異的な成功と見なしました。偉大なロイテルと無敵のオランダ艦隊が、フリゲート1隻に撃退されたのです。マルティニークはその後もフランス領のままであり、ルナールはダンブリモン侯爵に叙され、後にフランス領西インドの総督としてフォール＝ロワイヤルに舞い戻ることになりました。

一方、オランダ艦隊は大西洋を航行して撤退する際、疫病によって損害がさらに拡大しました。アメリカ大陸におけるオランダ植民地帝国の拡大は頓挫し、オランダ領スリナムとオランダ領アンティルのみが残されました。現代の歴史家の中には、17世紀のオランダ海軍力を専門とする者でさえ、この戦役への言及を避ける者もいます。

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