マルパッセダム

マルパッセダム決壊事故：フランスを襲った悲劇とダム工学の進歩

1959年12月2日、フランス南東部のヴァール県で、マルパッセダムが決壊するという未曾有の災害が発生しました。この事故は、421名以上の犠牲者と甚大な経済的損失をもたらし、世界中のダム工学に衝撃を与え、技術の進歩を促す大きな転換点となりました。

ダムの概要と建設

マルパッセダムは、レイラン川に建設されたアーチ式コンクリートダムです。高さ66.5メートル、堤頂長222メートル、貯水容量5,000万立方メートルを誇り、水道と灌漑を目的としていました。当時としては最先端技術を駆使した設計でしたが、その薄さが後に悲劇を招く要因の一つとなるとは、誰も予想していませんでした。建設は1952年に開始され、1954年に完成しました。完成からわずか5年後の決壊は、技術的な問題だけでなく、自然の驚異の力を改めて認識させるものでした。

決壊事故の経過と被害

決壊は、大雨による満水状態から16時間後の夜間に発生しました。左岸の基礎地盤が下流側に移動し、崩壊が開始。その後、高さ40メートル、時速70キロメートルに達する猛烈な水流がマルパッセとボゾンという2つの村を飲み込みました。濁流はフレジュスを経て地中海に到達するまで、その破壊力を示し続けました。この災害による死者数は、公式には421名とされていますが、500名を超えるという説もあります。経済的損失も甚大で、被害総額は6800万ドルに上ったと推定されています。設計者であるアンドレ・コワンは、この事故の責任を深く感じ、翌年に失意のうちに亡くなりました。

決壊原因と技術的考察

事故後、数々の調査と議論が重ねられ、決壊原因究明に多くの努力が払われました。アーチ式ダムは、アーチ状の構造によって水圧を両岸の岩盤に分散させることで安定性を保ちます。しかし、マルパッセダムの場合、岩盤の強度を過大評価していたことが大きな問題でした。特に、ダムの左側基礎地盤に含まれていた粘土層が、潤滑剤の役割を果たし、岩盤のわずかなずれを引き起こしました。このずれがダムに亀裂を発生させ、最終的に決壊につながったと結論づけられました。この事故は、当時十分に確立されていなかった岩盤評価技術の限界を露呈し、ダム建設における地質調査の重要性を再認識させることとなりました。

ダム工学への影響と教訓

マルパッセダム決壊事故は、ダム工学に多大な影響を与えました。岩盤力学やダム設計に関する構造力学の研究開発を飛躍的に進歩させる契機となり、現在でもその教訓は生かされています。フランスは、事故現場を当時のまま保存し、後世への警告として活用しています。この事故を教訓に、黒部ダムや奈川渡ダムなどの建設においても設計変更が行われ、安全性の向上が図られました。特に黒部ダムでは、世界銀行からの勧告を受け、当初計画より堤高が引き下げられ、重力式ウィングダムの設置など、設計の見直しが実施されました。

まとめ

マルパッセダム決壊事故は、人災と自然災害が複雑に絡み合った、悲惨な出来事でした。しかし、この事故から得られた教訓は、ダム建設技術の進歩に大きく貢献し、より安全で信頼性の高いダム建設へとつながっています。現代のダム建設においては、高度な地質調査と厳格な安全基準が不可欠であり、マルパッセダムの悲劇は、その重要性を改めて示していると言えるでしょう。

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