アンドレ・コワン

アンドレ・コワン：偉大な土木技術者とマルパッセダムの悲劇

アンドレ・コワン (1891-1960) は、20世紀を代表するフランスの土木技術者です。エコール・ポリテクニークと国立土木学校で研鑽を積んだ彼は、世界14カ国で70基ものダムを設計するなど、その卓越した技術力で広く知られています。

コワンのキャリアは、プルガステル橋での勤務を経て、1928年、上ドルドーニュ川のダム建設チーフエンジニアへの就任で大きく転換します。彼はそこで、先進的な技術を数多く取り入れたマレージュダムの設計に携わり、才能を発揮しました。その後、フランスの巨大ダム技術部門を代表する存在となり、1945年から1953年にかけては国際大ダム会議の会長を務めるなど、国際的にも活躍しました。

1947年、コワンは公務を退き、自身のコンサルティング会社「コワン・エ・ベリエ」を設立。独立後も、フランス国内ではグランヴァルダムやロズランダムなど、数々のダム設計を手掛けました。国外では、ジンバブエとザンビアの国境に建設されたカリバダム、カナダ・ケベック州のダニエル・ジョンソンダム、ポルトガルのサンタ・ルチアダムなど、世界各地の重要なインフラ整備に貢献しました。

しかし、コワンの経歴は、マルパッセダム決壊事故という暗い影を伴っています。フランス南部に建設されたこのダムは、完成直後に基礎岩盤の亀裂が発見され、1959年12月2日、突然決壊しました。高さ50メートルもの水が放出され、フレジュスの町に甚大な被害をもたらし、423名もの犠牲者を出しました。

この事故後、コワンは深い衝撃を受け、責任を痛感したと言われています。彼は地質学者ジョルジュ・コロイによる建設場所変更の提言や、放流設備の改良を無視したことが、事故の一因であると非難されました。事故から約半年後、コワンは失意のうちに亡くなりました。

しかし、後年の研究では、マルパッセダム決壊の原因は、設計ミスだけでなく、ダム建設場所の選定ミス、岩盤の強度不足、断層の存在、豪雨による急激な水位上昇、そして下流での高速道路建設に伴う掘削工事など、複数の要因が複雑に絡み合った結果であるとする見解が示されています。コワンの設計が直接的な原因ではなかった可能性も示唆されており、単純に彼を責めることはできないという見方も広まっています。

コワンが設立した会社「コワン・エ・ベリエ」は、現在もなお、土木工学の世界で重要な役割を果たし続けています。彼の功績と悲劇は、現代の土木工学に重要な教訓を与え続けていると言えるでしょう。彼の生涯は、技術者としての輝かしい成功と、責任の重圧、そして技術の限界を改めて考えさせる、複雑でドラマチックな物語です。

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