マンチェスター楽派

マンチェスター楽派とは、イギリスの都市マンチェスターを中心に、20世紀後半に活発な活動を展開した現代音楽の一派を指します。時に「マンチェスターからの新しい音楽（New Music Manchester or Manchester School）」とも称されました。

この音楽運動は、マンチェスター王立音楽院（現在の王立北部音楽大学、RNCM）やマンチェスター大学の卒業生が主導する形で形成されました。その中心には、ピアニストとして世界的に知られるジョン・オグドン、革新的な指揮者エルガー・ハワース、そして作曲家のハリソン・バートウィッスルやピーター・マックスウェル・デイヴィスといった、当時から高い評価を得ていた音楽家たちがいました。彼らは、従来の枠にとらわれない新しい音響表現を追求する現代音楽の創作・演奏活動を積極的に行いました。

マンチェスター楽派の音楽にはいくつかの顕著な特徴が見られます。まず、そのメンバーに一級の演奏家が多数集まっていたことから、極めて高度な技術、いわゆる「名人芸」を要求される場面が頻繁に用いられる点が挙げられます。彼らの作品は、しばしば演奏者に困難な課題を突きつけました。また、指揮者であるエルガー・ハワースの関与が影響し、拍子を捉えにくい複雑な拍節法や、異なるテンポが同時に進行する「ポリテンポ」といった手法も多用されました。これは、リズム構造における実験的な試みと言えるでしょう。

一方で、同時代の他の前衛的な音楽の潮流との関係においては、トータル・セリエリズム（音高だけでなく、リズムや強弱なども数学的に組織化する技法）からの直接的な影響は比較的弱かったとされています。この点は、より厳格なセリエリズムを追求する「新しい複雑性」の作曲家たちから、批判的な視線を向けられることもありました。

マンチェスター楽派の影響力は、特にイギリス国内においては非常に大きなものでした。現代音楽シーンにおいて重要な地位を占め、多くの後進の音楽家に影響を与えました。しかしながら、その波はアメリカ合衆国やロシア、日本といった国々へは、当初は限定的な広がりにとどまりました。転機の一つとなったのは1990年代です。日本の作曲家、なかにしあかね氏がバートウィッスルの門下生となったことや、ピアニストの矢沢朋子氏がバートウィッスルの重要な作品である《アンティフォニー》を日本で初めて演奏したことが話題となり、アジア圏でも彼らの音楽が紹介される機会が増加しました。

さらに、彼らの音楽は、現代音楽としては珍しく、商業音楽の語法や要素を積極的に受け入れた点も特徴的です。ハリソン・バートウィッスルの作品には、この傾向が顕著に見られます。例えば、《秘密の劇場（The Triumph of Time）》や《シルベリー・エアー（Silbury Air）》、《パンチとジュディ（Punch and Judy）》といった作品では、イギリスの伝統的な舞踏音楽のリズムが引用されていることが指摘されています。これは、彼らの音楽が単なる抽象的な実験にとどまらず、より幅広い音楽的素材を取り込もうとする柔軟性を持っていたことを示しています。

彼らの音楽は、その演奏の難しさから、かつては容易に聴くことが難しい面もありましたが、幸いなことに、現在では多くの音源がCD化されています。Collins ClassicsやNaxosといったレーベルが彼らの作品の録音をリリースしたことで、現代の聴衆も比較的容易に彼らの音楽に触れることができるようになりました。ただし、グループの中心人物であったジョン・オグドンについては、ピアニストとしての名声が極めて高かったためか、作曲家としての彼の作品の音源化は他のメンバーに比べて少ない傾向にあります。

マンチェスター楽派は、イギリスの現代音楽史において、独自の個性と高い芸術性を示した重要な存在であり、その革新的な試みは、その後の音楽シーンにも影響を与え続けています。

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