マーサ (リョコウバト)

マーサ：最後のリョコウバトの物語

1914年9月1日、シンシナティ動物園で飼育されていたメスのリョコウバト、マーサが息を引き取りました。この時、地球上からリョコウバトは完全に姿を消しました。マーサの死は、かつて北アメリカ大陸に数十億羽もの個体数が生息したと言われた鳥の一種が、人間の活動によって絶滅したという悲劇的な事実を改めて世界に突きつけました。

リョコウバトの栄光と衰退

リョコウバトは、北アメリカ東部から中央アメリカにかけて生息していた全長約40cmの大型のハトです。その数は、鳥類史上類を見ないほど膨大で、ピーク時には50億羽にも達したと推定されています。壮大な群れは空を覆い尽くし、その飛翔は圧巻だったと言われています。

しかし、19世紀に入ると、リョコウバトの数は急速に減少を始めます。その原因は、主に人間の活動によるものでした。

まず、深刻な問題となったのは乱獲です。リョコウバトは食用として狩られ、その美味な肉を求めて大量に捕獲されました。当時、効率的な狩猟技術と交通手段の発達により、大規模な乱獲が容易に行われました。

もう一つの大きな要因は、生息地の破壊です。リョコウバトは、ドングリなどの木の実を主食としていました。しかし、北アメリカ大陸へのヨーロッパ人入植に伴い、森林伐採が進み、ブナやコナラなどのリョコウバトの生息地は次々と消滅していきました。食料と繁殖地を失ったリョコウバトは、急速に数を減らしていったのです。

1860～70年代には、アメリカ合衆国の各州でリョコウバトの保護法案が可決されましたが、乱獲を食い止めるには至りませんでした。1896年には、オハイオ州で最後の大きな繁殖群が発見されましたが、ハンターたちがその群れに殺到し、わずか数ヶ月で数十万羽が殺戮されました。

1900年には、野生のリョコウバトは絶滅しました。

マーサの生涯

マーサは、飼育下で生き延びた最後のリョコウバトでした。マーサの出自については諸説ありますが、一般的には、1885年頃にウィスコンシン州で捕獲されたリョコウバトの子孫であると考えられています。ジョージ・ワシントン夫人マーサにちなんで名付けられた彼女は、シカゴ大学の教授であったチャールズ・オーティス・ホイットマンによって飼育され、その後、シンシナティ動物園に移されました。

シンシナティ動物園では、マーサとつがいにできるオスのリョコウバトを探し、高額な懸賞金までかけましたが、結局見つかりませんでした。マーサは孤独な晩年を動物園で過ごしました。

1907年時点で、マーサを含め、動物園にはわずか3羽のリョコウバトしか残っていませんでした。その後、オスが相次いで死亡し、マーサは文字通り「最後の」リョコウバトとなってしまいました。

マーサは、その存在自体が絶滅の危機を象徴する存在となりました。多くの人々が、彼女に会うために動物園を訪れました。

しかし、1914年9月1日、マーサは突然死んでしまいます。その死は、新聞で大きく報道され、アメリカ国民に衝撃を与えました。

マーサの死後

マーサの遺体は、スミソニアン博物館に送られ、剥製にされました。現在も、国立自然史博物館で展示され、絶滅の象徴として人々にその存在を訴え続けています。

マーサの死は、一つの種の絶滅が正確な日時まで記録された稀有な事例となりました。その死は、人間の活動が自然界に与える影響の大きさを改めて私たちに突きつけ、絶滅の危機に瀕する種々の保護の重要性を訴える象徴となっています。マーサの物語は、未来の世代への教訓として、永遠に語り継がれていくことでしょう。

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