マーサ・ロチャ

ブラジルを代表するモデルとして知られるマリア・マーサ・ハッカー・ロチャ（Maria Martha Hacker Rocha, 1932-2020）は、1954年のミス・ユニバース世界大会で準優勝したことで広くその名を知られています。

生い立ちと初期のキャリア

1932年 9月19日、ブラジルのバイーア州サルバドールに生まれたマーサは、11人兄弟姉妹の7番目として大家族の中で育ちました。父は数学教授兼エンジニア、母はドイツ系ブラジル人の主婦でした。大学在学中、友人の勧めで地元のミスコンに出場したことが、彼女のキャリアの始まりとなります。1954年にはミス・バイーアに選ばれ、同年6月26日には第1回ミス・ブラジルに輝き、ブラジル代表としてミス・ユニバース世界大会への出場権を獲得しました。公称年齢は18歳でしたが、後の報道により実際には21歳であったことが明らかになっています。この時期、彼女の身体的な特徴は身長170cm、体重58kg、スリーサイズは95(または94)-60-100cmと記録されています。

ミス・ユニバース1954と「2インチの神話」

1954年 7月24日、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロングビーチで開催されたミス・ユニバース世界大会の決勝で、マーサはミスUSAのミリアム・スティーブンソンと同点の最高評価を得ました。しかし、タイブレークの結果、惜しくも準優勝に終わります。この結果を巡っては、「2インチの神話」と呼ばれる有名な逸話が生まれました。都市伝説として語られるところによれば、当時の主要スポンサーであった水着会社カタリナの意向により、同社の水着がより似合う体型の候補者にミス・ユニバースの栄冠が与えられたというのです。具体的には、マーサのヒップがミリアムより2インチ（約5cm）大きかったためとされています。この話に関連して、ミリアムが優勝賞品の自動車を準優勝のマーサに譲渡したとも伝えられています。ただし、これには異説もあり、ミスコンの審査基準では、バストとヒップがほぼ同じサイズでウエストがそれより10～12インチ小さい理想的な体型が求められ、ミリアムがその基準に合致していたに過ぎないという見方もあります。

この「2インチの神話」は、O Cruzeiro誌のジャーナリスト、ジョアン・マルティンス氏が発案したとされています。当時、ロングビーチにいたブラジル人ジャーナリストたちは、ブラジルの国民的ヒロインとなったマーサの栄誉を守るため、結束してこの物語を広めたと言われています。O Cruzeiro誌の編集長であったアッシオリ・ネット氏は、1998年の著書の中で、帰国するジャーナリストたちが「みんな…最大の秘密を守った」と記しています。マーサ自身は、この「2インチ」の話が本当に準優勝の原因であったのかどうか、真相は知らなかったとされています。

その後の活動と経済的な困難

ミス・ユニバース大会の後、マーサはハリウッドに移り、モデルやキャンペーンガールとして活動しました。

1995年には、最初の夫の兄弟であるジョルジ・ピアノ氏の事業破綻により、思わぬ経済的困難に直面します。外貨両替商だったジョルジ氏は、会社（Casa Piano）の倒産後に米国へ逃亡。多くの投資家が損失を被る中、マーサも大きな打撃を受けました。彼女は破産を回避するためにマンションを売却するなど財政再建に努めましたが、損失額は公表していません。絵画の販売やミス・ブラジル主催者からの広告収入などで生計を立てようとしましたが十分ではなく、最終的には次男と共に転居を余儀なくされました。1996年からは、経済的な状況を改善するため、ミスコンの審査員として出演料を得るようになります。これは2006年のインタビューでも本人が語っています。1997年には、政治家アンソニー・ガロティーニョ氏を支援するため、自作の絵画を販売したこともあります。

健康問題と晩年

2001年、マーサは乳がんの自己検診に関する啓発番組を見たことをきっかけに、自身の左乳頭付近にがんを発見しました。幸い早期に発見され、大事には至りませんでした。2013年には、リオ・デ・ジャネイロのイパネマにある「Ipanema Walk of Fame」に手形を刻んでいます。晩年はリオ・デ・ジャネイロ州ニテロイで暮らしていましたが、2018年頃から健康状態が悪化し、老人ホームに入居しました。2020年 7月4日、肺気腫による長い発作の後、心臓発作のため87歳で死去。翌7月5日、ニテロイのサンティッシモ・サクラメント墓地に埋葬されました。

人物と私生活

映画鑑賞を好み、スチュワート・グレンジャー、グレゴリー・ペック、ラナ・ターナー、エリノア・パーカーといった俳優たちのファンでした。

私生活では二度結婚しています。最初の結婚は1956年、アルゼンチンの銀行家アルバロ・ピアノ氏と。アルゼンチンのマル・デル・プラタで暮らしましたが、1959年に夫が飛行機事故で亡くなります。二人の息子をもうけました。1960年にブラジルへ帰国。1961年にはリオ・デ・ジャネイロのビジネスマン、ロナウド・ザヴィエル・デ・リマ氏と再婚し、娘クラウディアを授かります。クラウディア・ザヴィエル・デ・リマはプラスティック工芸家として知られています。二度目の結婚は1974年に離婚に終わりました。

ブラジルにおける遺産と影響

マーサ・ロチャは、ブラジル社会において様々な形でその名を残しています。

同姓同名の別人: リオ・デ・ジャネイロ州の女性初の文民警察署長になったマーサ・ロチャは、全くの別人です。
シボレー・トラック: 1956年にシボレーが発売したピックアップトラック「C3100」は、従来のモデルよりホイールベースが2インチ広げられており、マーサ・ロチャの愛称で呼ばれました。
デザート: 菓子職人のデア・ダ・コスタ・テルザード氏が、彼女の美しさと「2インチの神話」にインスパイアされ、タルト「トルタ・マルタ・ロチャ（Torta Marta Rocha）」を創作しました。現在もブラジルで人気のあるデザートです。
アクアマリン: マーサがミス・ユニバースに出場していた頃、ミナスジェライス州で発見された大きく濃い青のアクアマリン結晶が、彼女の青い瞳と美しさ、そして「2インチの神話」にちなんで「マーサ・ロチャ」と名付けられました。現在でも、アクアマリンの濃い青色を表現する最高級の色名称として「マルタ・ロサ（マーサ・ロチャのポルトガル語読み）」が用いられています。
* 通りの名前: バイーア州、サンタカタリーナ州、サンパウロ州には、彼女の名前を冠した通りが存在します。

初代ミス・ブラジルとして、そしてミス・ユニバース準優勝を巡るドラマティックな物語とともに、マーサ・ロチャはブラジルの美的理想と国民的ヒロインの象徴として、今なお多くの人々の記憶に刻まれています。

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