マーズ・キューブ・ワン

MarCO（マーズ・キューブ・ワン）は、アメリカ航空宇宙局（NASA）によって開発された、画期的な超小型衛星（キューブサット）です。この衛星が特筆すべき点は、地球の重力圏を脱出して惑星間空間を航行した、史上初のキューブサットであるということです。これは、従来の大型で高価な探査機とは異なる、小型かつ比較的低コストな衛星が、深宇宙での探査ミッションにも利用できる可能性を示す、重要な成果となりました。

MarCOの主要な任務は、2018年に火星へ着陸したNASAの探査機「インサイト」のミッションを支援することでした。インサイトが火星の大気圏に突入し、降下し、最終的に地表に着地するという、非常に短時間で成否が決まる重要な一連のフェーズを実行する際、その進行状況を示すリアルタイムのデータを地球へ送信することが求められました。通常、火星に接近する探査機の着陸時の通信中継は、既に火星軌道上を周回している探査機（例えば、マーズ・リコネッサンス・オービターなど）を介して行われますが、データを受信してから地球へ送信するまでにタイムラグが生じます。これに対し、MarCOはインサイトからのUHF帯信号を受信し、同時にX帯で地球へ直接データを送信できるという、両周波数帯の通信中継機能を備えていました。これにより、インサイトの着陸イベントの進行状況を、よりリアルタイムに近い形で地球から監視することが可能となり、万が一の問題発生時の早期対応にも役立つことが期待されました。

この重要な任務を遂行するため、MarCOはMarCO AとMarCO Bという、全く同じ仕様を持つ2機の衛星で構成されました。これは、片方の衛星に万が一の不具合が生じた場合でも、もう一方の衛星が任務を引き継げるように、冗長性を確保するための設計です。2018年5月5日、MarCOの2機は、主目的であるインサイト探査機と共に、カリフォルニア州にあるヴァンデンバーグ空軍基地から、アトラス V401ロケットに相乗りする形で宇宙へと打ち上げられました。当初は2016年の打ち上げが計画されていましたが、インサイト側の開発遅延により延期されていました。アトラスVロケットの最終段であるセントール上段によって地球脱出速度まで加速された後、MarCO AとBはそれぞれインサイトに続いて分離され、それぞれの軌道計算に基づいて火星へと向かう軌道に乗せられました。

MarCOの機体は、標準的な6Uサイズのキューブサット規格に基づいて設計されており、格納時には約36.6cm × 24.3cm × 11.8cmという、まるでブリーフケースのようなコンパクトなサイズでした。宇宙空間での運用時には、通信用の2本のアンテナと、電力供給のための2枚の太陽電池パネルが本体から展開されます。通信システムは、インサイトとのUHF帯通信と、地球とのX帯通信の両方に対応しており、これらの信号を同時に中継することができます。通信中継がMarCOの主要な役割でしたが、将来的には小型カメラによる撮影や、観測機器の搭載なども可能な、汎用性を持つ設計でした。

MarCOは火星の周回軌道には入らず、火星の近くを高速で通過する（フライバイ）軌道をとりました。このフライバイ中にインサイトからのデータを受信し、地球に送信することで、その役割を果たしました。これは、小型衛星で長距離の惑星間ミッションを効率的に行うための手法の一つです。

MarCO AとBは、インサイトの火星着陸ミッションにおいて、計画通りに通信中継という重要な役割を果たし、インサイトの成功に貢献しました。このミッションは、CubeSatのような超小型衛星が、これまで大型探査機でなければ不可能と考えられていた惑星間飛行を含む深宇宙でのミッションを実行できることを実証しました。MarCOの成功は、今後の宇宙探査において、より多様で、迅速、かつ低コストなミッション開発への道を開く、重要なマイルストーンとなったと言えるでしょう。

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