マーズ・ダイレクト

マーズ・ダイレクト：火星有人探査への革新的なアプローチ

マーズ・ダイレクトは、1990年代初頭にロバート・ズブリンとデイビッド・ベイカーによって提唱された、革新的な火星有人探査計画です。当時、既存のロケット技術を基盤とし、比較的低コストで実現可能とされたこの計画は、その後の火星探査構想に大きな影響を与えました。

背景：巨大宇宙船計画へのアンチテーゼ

1980年代までの有人火星探査構想は、地球低軌道や月面基地での巨大宇宙船建造を前提としており、莫大な予算と革新的な技術が必要でした。1989年に発表されたNASAの「90日レポート」も例外ではなく、往復18か月のミッションに4,500億ドルもの予算を見積もっていました。マーズ・ダイレクトは、この過大な計画へのアンチテーゼとして登場しました。ズブリンは、月面基地や巨大宇宙船を必要とせず、既存技術を活用した現実的なアプローチを提唱したのです。

計画の概要：現地資源の活用と効率的なミッション

マーズ・ダイレクトの大きな特徴は、火星大気の二酸化炭素を地球帰還用燃料の生成に利用する点です。計画は以下のステップで進められます。

1. 無人地球帰還船（ERV）の打ち上げ: 化学プラント、小型原子炉、水素を積んだERVを大型ブースターで火星へ送ります。
2. 現地燃料の生成: ERVは、火星到着後、水素と火星大気の二酸化炭素を反応させ、メタンと酸素を生成します（サバティエ反応）。この燃料は、地球帰還時に使用されます。
3. 有人宇宙船の打ち上げ: ERV打ち上げから26か月後、4人のクルーを乗せた火星居住ユニット（ハブ）が火星へ向かいます。ハブは、宇宙船とブースターを接続して回転させることで、人工重力を発生させます。
4. 火星での活動: クルーは17か月間、科学研究や地表探査を行います。ERVが生成した余剰燃料を利用して移動します。
5. 地球帰還: クルーは、ハブを残してERVで地球へ帰還します。ERVの推進段は、帰路での人工重力生成に利用されます。

費用と妥当性

マーズ・ダイレクトの初期費用は、当時200億ドル（現在では300〜350億ドル相当）と見積もられました。NASAと欧州宇宙機関（ESA）によるコストモデル検証では、ズブリンらの見積もりが非常に正確であることが確認されました。

継続的な探査と基地建設

マーズ・ダイレクトは、継続的な有人探査を前提としています。2回目以降は、ハブと2機目のERV（ERV2）をほぼ同時に打ち上げます。ハブの着陸地点がずれた場合に備え、ERV2はハブの近くに着陸します。その後、26か月ごとにハブとERVを送り込み、隣接地域を調査していきます。最終的には、ハブ同士をチューブで接続し、恒久的な基地を建設することが計画されています。ズブリンは、現地資源を用いた建物建設や火星環境の改造についても言及しています。

修正案と影響

マーズ・ダイレクトの発表後、NASAや火星協会などによって様々な修正案が検討されました。NASAは、1ミッションに3隻の宇宙船を打ち上げる「マーズ・セミ=ダイレクト」案を提示しました。この案では、火星軌道で燃料を搭載したERVが待機し、小型艇で合流します。火星協会は、2隻構成のままクルーを6人に増員する案を提案しました。また、火星協会は、火星アナログ研究ステーションでハブのコンセプトの実用性を証明しました。

マーズ・ダイレクトは、ディスカバリーチャンネルの番組「火星：次のフロンティア」でも特集され、NASAのプロジェクトとの関連性について議論されました。ジョージ・W・ブッシュ大統領が発表した有人火星探査構想も、マーズ・ダイレクトを基盤とする可能性が示唆されました。

マーズ・ダイレクトを題材にした作品

マーズ・ダイレクトは、多くのSF小説や映画に影響を与えています。代表的な作品は以下の通りです。

小説
「The Martian Race」（グレゴリー・ベンフォード）
「火星縦断」（ジェフリー・A・ランディス）
「片道切符」（野尻抱介）
「火星の人」（アンディ・ウィアー）
映画
「ミッション・トゥ・マーズ」（ディズニー、2000年）
「オデッセイ」（20世紀フォックス、2015年）

まとめ

マーズ・ダイレクトは、既存技術を最大限に活用し、現地資源を有効利用することで、火星有人探査の可能性を大きく広げた画期的な計画です。その革新的なアプローチは、現在の火星探査計画にも大きな影響を与えており、今後も宇宙開発の重要な指針となるでしょう。

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