マーチ・811

マーチ・811：ウィリアムズの影とRAMレーシングの挑戦

マーチ・811は、1981年のF1世界選手権を舞台に、RAMレーシングチームによって駆られたフォーミュラ1カーです。その名はマーチを冠していますが、伝統的なマーチ・エンジニアリングとは無関係な、マーチ・グランプリによって開発・製造されました。本稿では、このマシン誕生の背景から開発、製造、そしてレースでの活躍（あるいは不活躍）までを詳細に解説します。

誕生の背景：RAMレーシングとロビン・ハード

RAMレーシングは、1970年代からイギリスで活躍したレーシングチームです。1980年には、オーロラAFXフォーミュラ1シリーズ（イギリス国内選手権）でタイトルを獲得するなど、実績を残していました。F1世界選手権へのステップアップを志したRAMレーシングは、独自のF1マシン開発が必要となりました。しかし、十分なリソースを有していなかったため、イギリス人デザイナーのロビン・ハードと協力関係を築きます。ハードは、マーチ・エンジニアリングの創設者の一人であり、多数の株式を保有していました。

マーチ・グランプリは、ハードとRAMレーシングの共同事業として1980年秋に設立されましたが、マーチ・エンジニアリングとは独立した組織でした。そのため、マーチ・811はマーチ・エンジニアリングの伝統的な技術を受け継いだマシンではなく、独自の開発路線を歩むことになります。多くの文献では、後継の821と同様、従来のマーチ製F1マシンとは異なる存在として扱われています。

開発：ウィリアムズFW07をベースに、複数のデザイナーが手掛ける

マーチ・811は、ウィリアムズFW07を強く意識した設計が特徴でした。関係者からは「マーチはウィリアムズを製作した」と評されるほど、FW07との類似性が指摘されています。しかしながら、設計は当初ロビン・ハード、その後ゴードン・コパック、そしてエイドリアン・レイナードと、異なるデザイナーが担当し、設計思想の変遷がうかがえます。

軽量化を重視した設計でしたが、初期のモデルは最小重量規定を上回っていました。コパックの改良によって軽量化は達成されましたが、設計の複雑さを欠き、材料も安価なものを多用した結果、信頼性の低いマシンとなってしまいました。チームマネージャーのジョン・マクドナルドは、このマシンの出来栄えに失望を隠せませんでした。ブラジルグランプリではサスペンション部品が脱落するなど、製造上の問題も露呈し、「この車はクソの山だ」とまで発言するほどでした。

製造：6台のシャシー、そして異なったキャリア

マーチ・グランプリは1981年1月から6月にかけて、6台のマーチ・811を製造しました。これらのシャシーは、それぞれ異なるレースで、異なるドライバーによって使用され、中にはF1以外のカテゴリーに参戦したマシンもありました。

中でもRM05は、F1世界選手権だけでなく、イギリスF1選手権やCan-Amにも参戦しました。コリン・ベネット・レーシングが購入し、ヴァル・ムセッティやジョン・グラハムといったドライバーによって操縦されました。RM05は、F1マシンとしての短いキャリアの後、異なる舞台で長く活躍した珍しい例と言えます。

レース戦績：ポイント獲得ならずも、イギリスGPでの7位入賞

1981年シーズンのF1世界選手権において、マーチ・811を駆ったRAMレーシングは、エリセオ・サラザールとデレック・デイリーをドライバーとして起用しました。しかし、マシンの信頼性の低さやドライバーの不運が重なり、ポイントを獲得することはできませんでした。デイリーは、改良が加えられたRM06でイギリスグランプリで7位入賞を果たしましたが、これがシーズン最高位となりました。

イギリスF1選手権やCan-Amへの参戦を経て、マーチ・811はF1の歴史に、成功を収めたとは言えないものの、独自の存在感を残しました。ウィリアムズFW07を参考にしながらも、独自の改良が加えられ、複数のデザイナーが設計に関わったことで、その歴史は複雑かつ興味深いものとなっています。 信頼性の低さという課題は残しつつも、様々なレースカテゴリーでその姿を見せたマーチ・811は、F1マシンの開発史において、興味深い一例として語り継がれることでしょう。

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