マーノ・ネーラ

ブラックハンド：恐怖の黒い手形

ブラックハンド（Black Hand）、またはイタリア語でマーノ・ネーラ（La Mano Nera）とは、特定の組織を指すのではなく、複数のギャング組織によって行われた犯罪行為の総称です。特にイタリア系の犯罪組織、カモッラやマフィアによって行われ、脅迫行為を主な手段としていました。金銭を強請る際、黒い手形のマークが押された脅迫状を送りつけることから、この名で呼ばれるようになりました。

ブラックハンドのルーツ

ブラックハンドの起源は、18世紀のナポリ王国時代、シチリア島にまで遡ります。しかし、一般的にブラックハンドと呼ばれる組織的犯罪は、1890年から1900年代にかけてイタリア南部からアメリカへ移住した移民たちの中から生まれました。当時の移民たちは、貧しい小作農出身者が多く、アメリカで金を稼いで故郷に土地を得ることを夢見ていました。

しかし、教育水準や技術が低く、劣悪な住環境の中で、手っ取り早く金を稼ぐために犯罪組織が作られました。彼らは互いに共存し、勢力を拡大していきました。

アメリカでの暗躍

1900年までに、ブラックハンドの活動はニューヨーク、ニューオーリンズ、シカゴ、サンフランシスコといった都市のイタリア系移民社会に広がりました。彼らが脅迫の対象としたのは、アメリカで成功した同胞たちでした。アメリカの法律に疎く、頼れる後ろ盾を持たない被害者たちは、ブラックハンドの要求に応じざるを得ませんでした。当時のイタリア系移民の9割が、彼らによって生活を脅かされていたと言われています。

ブラックハンドの典型的な手口は、脅迫状による金銭要求でした。脅迫状には、殺人、誘拐、放火、傷害といった脅し文句とともに、指定された金額と場所が記されていました。また、脅迫状には、煙を出す銃、絞首刑の縄、そして黒インクの手形がシンボルとして押されていました。この手形が、アメリカの新聞社によって「ブラックハンド・ソサエティ」と名付けられる由来となりました。

ギャングたちは、要求に応じない者には、建物を爆破するなど、エスカレートした脅しを行いました。ブラックハンドの恐怖は、アメリカ中のリトル・イタリーに広がり、人々は「マーノ・ネーラ」という言葉を口にすることすら恐れました。

ニューヨークのリトル・イタリーを拠点とするシチリア人ギャング、イニャツィオ・ルポは、「殺人厩舎」と呼ばれる場所で、要求に応じない者を絞殺し、遺体を焼却処分していたことで悪名を馳せました。彼の犠牲者は60人以上と言われていますが、実際には、彼以外にもボスのジュゼッペ・モレロの部下たちが殺害に関与していたとされています。

ブラックハンドに立ち向かった人々

テノール歌手として人気を博していたエンリコ・カルーソーも、ブラックハンドの脅迫状を受け取った一人でした。脅迫状には、黒い手形とともに2000ドルの支払いが要求されていました。カルーソーは一度は要求に応じましたが、再び15000ドルを要求する脅迫状が届いたため、警察に通報しました。警察は、指定された場所に金を置き、犯人を待ち伏せ、2人のイタリア系アメリカ人ビジネスマンを逮捕しました。その後、カルーソーのオペラ公演には、ニューヨーク市警のジョゼッペ・ペトロジーノが護衛に当たりました。

ブラックハンドは、ギャングに対しても同様の手口で脅迫を行い、抗争に発展することもありました。また、彼らは、被害者が警察に訴えようとした場合、暗殺という手段を取りました。ニューオーリンズ警察署長のデヴィッド・ヘネシーや、カルーソーを護衛したペトロジーノも、ブラックハンドの犠牲者となりました。彼らは、法廷で証言する可能性のある人物さえも脅迫しました。

ブラックハンドの終焉

1910年、ルポは逮捕され、懲役30年の判決を受けました。10年後に釈放されたものの、ニューヨークの裏社会は既に群雄割拠の時代に入っており、彼が再び中心人物となることはありませんでした。1920年にアメリカで禁酒法が施行されると、ギャングたちは密造酒で莫大な富を得るようになり、ブラックハンドは姿を消しました。彼らは地下に潜伏し、本格的なマフィアやギャングへと移行していきました。

ブラックハンドは、アメリカのイタリア系移民社会に恐怖を植え付けた存在でしたが、禁酒法の施行とともに、その姿を消し、新たな犯罪組織へと姿を変えていきました。

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