ミサ曲第6番 (シューベルト)

シューベルト：ミサ曲第6番 変ホ長調 D950

フランツ・シューベルトが亡くなる直前の1828年に作曲した《ミサ曲第6番 変ホ長調 D950》は、彼の創作活動における最後のミサ曲であり、規模の大きなミサ・ソレムニスとして位置づけられています。この作品は、作曲家がそれまで培ってきた宗教音楽と世俗音楽双方の経験と、円熟した技術、そして歌詞に対する深い洞察力が融合した、まさに集大成ともいえる楽曲です。

作曲の背景と初演

本作は1828年の夏頃に作曲が開始され、同年7月には概ね完成したと考えられています。ウィーンのアルザーグルントにあるアルザー教会の合唱指揮者、ミヒャエル・ライターマイヤーからの依頼に応える形で書かれました。シューベルトの生前には演奏される機会がなく、彼の死後、1829年10月4日にアルザー教会で初演されました。この時の指揮はシューベルトの兄、フェルディナントが務めており、同年11月15日のウルリヒ教会での再演でも再び彼がタクトを取りました。

音楽的な特徴と影響

《ミサ曲第6番》には、同時代の作曲家からの影響が随所に見られます。特に、その大規模で構築的な構成には、ベートーヴェンの音楽が強く意識されていることがうかがえます。シューベルトはベートーヴェンの葬儀でたいまつ持ちを務めたという事実もあり、彼への敬意や影響は自然なものだったのかもしれません。また、「グローリア」や「アニュス・デイ」といった楽章に見られるフーガ技法には、バッハをはじめ、モーツァルトのレクイエムやハイドンのミサ曲（特に《ハイリッヒ・ミサ》）からの学びが見て取れます。

後期ミサ曲としての位置づけと評価

この変ホ長調のミサ曲は、一つ前の作品である《ミサ曲第5番 変イ長調》とともに、シューベルトの「後期ミサ曲」と称されます。これらの後期作品は、以前の4作品と比較して、典礼文の言葉の意味を音楽によってより深く、そして自由に表現しようとする姿勢が顕著です。シューベルトは自身の技術と和声に関する知識の成熟を活かし、定型的な典礼文に対して新たな解釈や情感を加えています。彼はテキストの一部を省略したり、時には追加したりといった自由さを見せており、これは特定の意味合いを強調し、あるいは深めるための意図的な手法でした。

著名なシューベルト研究者であるブライアン・ニューボールドは、本作を含む後期ミサ曲をシューベルトの「最も充実した声楽作品群」の一つと高く評価し、特にこの変ホ長調のミサ曲は、ミサ曲の作曲という分野における「勝利」であり、「キャリアの白鳥の歌」であると称賛しています。ただし、彼自身も曲の中に若干のムラがある点は認めています。また、シューベルトの伝記作家であるクライスレ・フォン・ヘルボルンは、この変ホ長調のミサ曲が「当時書かれた同種の楽曲の中でも主要な地位を占める」と記しています。

後世の作曲家にも影響を与えた可能性があり、特にブルックナーのミサ曲第3番との関連性が指摘されることもあります。

なお、本作のピアノ版の初版は1865年にヤーコプ・メルヒオール・リーター＝ビーダーマンから出版されていますが、これはヨハネス・ブラームスが匿名で編集に携わったことが知られています。

編成

本作品は以下の編成で演奏されます。

独唱：ソプラノ、アルト、テノール2、バス
合唱：混声合唱（ディビジあり）
管弦楽：オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦五部

楽曲構成

全6曲で構成され、演奏時間は約60分です。

1. キリエ (Kyrie) - アンダンテ・コン・モート、クアジ・アレグレット 変ホ長調 3/4拍子
2. グローリア (Gloria) - アレグロ・モデラート・エ・マエストーソ 変ロ長調 4/4拍子
Domine Deus - アンダンテ・コン・モート ト短調 3/4拍子
Quoniam tu solus sanctus - アレグロ・モデラート・エ・マエストーソ 変ロ長調 4/4拍子
Cum sancto Spiritu - モデラート 変ロ長調 2/2拍子
3. クレド (Credo) - モデラート 変ホ長調 2/2拍子
Et incarnatus est - アンダンテ 変イ長調 12/8拍子
Et resurrexit - モデラート 変ホ長調 2/2拍子
4. サンクトゥス (Sanctus) - アダージョ 変ホ長調 12/8拍子。この楽章は、変ホ長調からロ短調、ト短調を経て変ホ短調へと転調する、極めてロマン派的な色彩を帯びた展開を見せます。
Osanna in excelsis - アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 2/4拍子
5. ベネディクトゥス (Benedictus) - アンダンテ 変イ長調 2/2拍子
Osanna in excelsis - アレグロ・マ・ノン・トロッポ 変ホ長調 2/4拍子
6. アニュス・デイ (Agnus Dei) - アンダンテ・コン・モート ハ短調 3/4拍子
Dona nobis pacem - アンダンテ 変ホ長調 2/2拍子
Agnus Dei - アンダンテ 変ホ長調 3/4拍子
* Dona nobis pacem - アンダンティーノ 変ホ長調 2/2拍子

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