ミシェル・ペロー

ミシェル・ペローの生涯と業績

ミシェル・ペロー（Michelle Perrot, 1928年5月18日 - ）は、フランスを代表する歴史学者であり、パリ第7大学の名誉教授です。彼女は特に女性史研究の分野で先駆的な役割を果たし、その業績は国際的に高く評価されています。

生い立ちと教育

1928年、パリで皮革製品卸売業を営む家庭に生まれたペローは、幼少期から自立心を養う環境で育ちました。父親は反軍国主義者で芸術家肌、無政府主義的な思想を持っており、娘に「男の世話になるな」と教え、自立することの大切さを説いていました。母親の家系は共和主義者でドレフュス事件の擁護派であり、ライック（非宗教的）な考えを持っていました。このような家庭環境が、ペローの思想形成に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

ペローはカトリック系の私塾ボシュエ学院に進学しますが、良妻賢母を育成する教育方針に反感を抱きました。この経験が、彼女が後に女性学に関心を持つきっかけの一つとなりました。学院では言語教育に力を入れており、英語の授業では、後に作家となるブノワット・グルーから教えを受けています。彼女は、トルストイ、ツルゲーネフ、ジャック・ロンドン、ドス・パソス、ヘミングウェイなどの文学作品を読みふけり、文学に飽き足らず、ベルクソンやシモーヌ・ヴェイユなどの哲学にも関心を抱きました。特に、労働者階級の現状を描いたアンリ・ゴダン神父の著書『布教国フランス』に影響を受け、労働司祭の活動に関心を持つようになりました。

労働司祭との関わりと共産主義活動

ペローは、ボシュエ学院で学んだキリスト教道徳の教えと、現実の社会との矛盾に直面しました。特に、貧困にあえぐ労働者階級の状況を知るにつれて、教会が説く道徳と現実との乖離に疑問を抱くようになりました。労働司祭たちの活動は、ペローにとって社会問題に対する具体的なアプローチを学ぶ機会となりました。彼女は青年キリスト者労働連盟を通して、若い労働者たちと出会い、彼らの生活に触れる中で、社会構造に対する関心を深めていきました。

その後、ペローはカーンで教鞭を執るようになりますが、ここでも労働者への関心を持ち続けました。夫のジャン＝クロード・ペローや哲学者ジャン・キュイズニエらと共にノルマンディー製鉄所の労働者について調査を実施。これは、社会学者ガブリエル・ル・ブラやマルクス主義社会学者アンリ・ルフェーブルの手法に倣った研究でした。また、ペローはジャック・シャタニエが結成した急進派キリスト教団体の活動に参加し、機関誌『ラ・ケンゼーヌ』を発行しますが、1954年に教皇庁が「労働司祭」の活動停止を発令したことを機に、カトリック教会から離れることになります。

1955年には共産党に入党し、アルジェリア戦争に反対する活動に参加しました。しかし、1956年のフルシチョフ報告（スターリン批判）やハンガリー動乱に失望し、1958年にパリに戻った際には党員証を更新しませんでした。それでも共産主義運動への関与は続き、「共産主義論壇」などの活動にも参加しましたが、後に共産党のイデオロギーに対する疑問を抱くようになります。

研究活動

ソルボンヌ大学で修士号を取得し、歴史学のアグレガシオン（一級教員資格）を取得したペローは、エルネスト・ラブルースに師事し、計量歴史学に基づいて労働運動史を研究しました。当初、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『第二の性』に影響を受け女性学を研究したいと考えていましたが、当時はまだ女性史が研究対象として確立されていなかったため、まずは労働者の研究に取り組みました。

1974年に発表した博士論文「ストライキ下の労働者」では、一般労働者がなぜストライキを起こすのか、どのように現実に関わり、自己表現していくのかを分析。社会運動の指導者や思想家の言動ではなく、労働者自身の視点からストライキを捉えた斬新な研究は、大きな注目を集めました。

女性史研究への転換

ペローが女性史研究に取り組む直接的なきっかけは、1968年の五月革命と、その後の女性解放運動でした。五月革命では、多くの女性が学生運動に参加しましたが、活動の中心を担うのは男性であり、女性の役割は限定的でした。この状況に問題意識を持ったペローは、女性解放運動に積極的に参加するとともに、女性史研究の必要性を強く感じるようになりました。

1969年にパリ第7大学に着任したペローは、1974年にフランソワーズ・バッシュと共に「女性学研究グループ」を結成。人工妊娠中絶、強姦、同性愛、売春、家事労働など、女性に関わるあらゆる問題に取り組みました。また、英米の女性学研究者との交流も深め、ポーリーヌ・シュミット＝パンテル、ファビエンヌ・ボックらと共に、新講座「女性には歴史があるか」を開設。女性史の研究と教育に力を注ぎました。

1979年には、女性史・女性人類学研究誌『ペネロープ』を創刊。女性史研究の発展に大きく貢献しました。ペローにとって、労働運動に関する研究や政治活動は、女性解放運動と連動しており、女性史研究は彼女にとって、自己解放の手段でもありました。

『女の歴史』の監修とその後

ペローは、1990年代にジョルジュ・デュビィと共に『西欧女性史』(邦訳『女の歴史』) 全5巻を監修。この大著は、女性史研究における金字塔となりました。女性史研究を総合的に捉え、各分野の専門家が執筆したこの大著は、多くの読者に影響を与え、その後も、この本に関するシンポジウムや論文が多数発表されました。

その後も、ペローは『歴史の沈黙 ― 語られなかった女たちの記録』、『私の女性史』、『寝室の歴史』など、数々の著書を発表。女性史研究の発展に貢献し続けています。また、日本においても「ジョルジュ・サンド セレクション」の編集に携わるなど、国際的な活動も積極的に行っています。

その他の研究活動

労働史、女性史の研究と並行して、ペローは犯罪や刑務所制度に関する研究も行いました。1970年代初頭に発生した刑務所での暴動事件を受けて、刑務所制度に関する調査を開始。その成果は、『19世紀フランスにおける犯罪と刑務所制度』などの著書として発表されました。この調査には、同時期に監獄情報グループ（GIP）を設立したミシェル・フーコーも関わっていました。また、ロベール・バダンテールと共に、「共和国の刑務所」と題するセミナーを開催するなど、刑務所制度改革にも取り組みました。

まとめ

ミシェル・ペローは、女性史研究のパイオニアとしてだけでなく、労働史、犯罪史の研究者としても、歴史学に大きな足跡を残しました。彼女の研究は、社会構造に対する深い洞察に基づいており、常に社会の底辺にいる人々に焦点を当てています。彼女の業績は、今後の歴史研究においても重要な示唆を与え続けるでしょう。

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