ミスター・ゴーン

『ミスター・ゴーン』（Mr. Gone）は、アメリカを代表するエレクトリック・ジャズ・バンド、ウェザー・リポートが1978年にリリースした通算8作目となるスタジオ・アルバムです。ARC/コロムビア・レコードから発表された本作は、リリースされるやいなや、ビルボード誌のジャズ・アルバム・チャートで首位を獲得するなど、商業的な成功を収めました。しかし、その内容はバンドにとって新たな試みが多く含まれており、特に評価を巡っては大きな議論を呼んだ作品として知られています。

制作背景と参加ミュージシャン

本作の制作は、前任ドラマーであるアレックス・アクーニャが脱退した後の、ドラムパートが流動的な時期に行われました。バンドの中心メンバーであるジョー・ザヴィヌル（キーボード、シンセサイザー）とウェイン・ショーター（サックス）に加え、当時革新的なベースプレイで注目を集めていたジャコ・パストリアスが参加しています。この核となるトリオを支えるドラマーとして、本作ではピーター・アースキンが後任として加入しましたが、アルバム全体を通しては様々なドラマーが起用されました。

特筆すべきは、ジャズ界の伝説的なドラマーであるトニー・ウィリアムスと、セッションドラマーとして名高いスティーヴ・ガッドがゲストとして参加している点です。彼らはそれぞれ異なる楽曲でその卓越したテクニックを披露しており、アルバムに多様なリズムアプローチをもたらしています。ピーター・アースキンも複数の楽曲でドラムを担当しており、この時期のウェザー・リポートにおけるドラムパートの探求が垣間見えます。ジャコ・パストリアスも、ベースだけでなく一部楽曲でドラムやティンパニを担当するなど、マルチプレイヤーぶりを発揮しています。

さらに、本作ではゲストボーカリストも迎えられています。楽曲「アンド・ゼン」では、人気シンガーであるデニース・ウィリアムスとアース・ウィンド＆ファイアーの中心人物として知られるモーリス・ホワイトが参加し、通常インストゥルメンタル主体のウェザー・リポートのサウンドに新たな彩りを加えています。他にも、マノロ・バドレーナやジョン・ルシアンがボーカルやボーカル・ソロで参加しており、アルバム全体のテクスチャーを豊かにしています。

中心メンバーであるジョー・ザヴィヌルは、ローズ・ピアノやアコースティックピアノといった従来の鍵盤楽器に加え、アープ2600、オーバーハイム・ポリフォニック、プロフェット5といった当時の最先端シンセサイザーを駆使し、サウンドの大部分を構築しました。ウェイン・ショーターはテナー、アルト、ソプラノと様々なサックスを使い分け、メロディックな貢献をしています。ジャコ・パストリアスは、その特徴的なフレットレスベースの響きでバンドサウンドに不可欠な要素をもたらしました。

評価と論争

『ミスター・ゴーン』は、そのリリース後に大きな論争を巻き起こしました。特に、ジャズ専門誌として権威のある『ダウン・ビート』誌が、本作に対して異例の「星1つ」という非常に低い評価を与えたことは、音楽界に衝撃を与えました。このレビューは、アルバムの音楽性や方向性に対する批判を含んでおり、賛否両論を巻き起こすきっかけとなりました。

バンドの中心人物であり、本作のサウンドクリエイトを主導したジョー・ザヴィヌルは、この『ダウン・ビート』誌のレビューに対し、後に激しい反論を展開しています。彼はインタビューなどで、評論家の理解不足や、従来のジャズの枠にとらわれた評価への不満をあらわにしました。この評価を巡る論争は、当時のジャズシーンにおけるエレクトリック・ジャズやフュージョンの立ち位置、そして革新的な音楽に対する評価基準について、改めて問いを投げかけるものとなりました。

ジャコ・パストリアスが作曲した楽曲「パンク・ジャズ」は、そのタイトルが彼の死後にリリースされたコンピレーション盤のタイトルとして採用されるなど、後に彼の代表曲の一つとして認識されています。

商業的な成功と批評的な論争という二面性を持つ『ミスター・ゴーン』は、ウェザー・リポートというバンドが常に音楽的な進化と実験を追求していた証であり、彼らのディスコグラフィーの中でも特異な輝きを放つ作品と言えるでしょう。

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