ミャンマー連邦共和国憲法

「ミャンマー連邦共和国憲法」（ビルマ語: ပြည်ထောင်စုသမ္မတမြန်မာနိုင်ငံတော်ဖွဲ့စည်းပုံအခြေခံဥပဒေ）は、現在のミャンマー連邦共和国における最高法規です。これは、過去に存在した1947年の「ビルマ連邦憲法」および1974年の「ビルマ連邦社会主義共和国憲法」に続く、第三の憲法にあたります。

憲法の構成

この憲法は、全体の理念を示す「前文」に始まり、全15章、総計456条によって構成されています。各章では、連合国家の基本的な原則、国家の組織、国家元首、立法、行政、司法、国防、市民の権利と義務、選挙制度、政党の活動、非常事態への対応、憲法改正手続き、さらに国旗や国歌、首都といった国家の象徴に関する規定などが詳細に定められています。

制定への道のり

現在の憲法が形作られる過程は、2003年8月30日に当時の軍事政権である国家平和発展評議会が発表した、包括的な国家改革を目指す「七段階ロードマップ」の中に位置づけられていました。このロードマップの重要な要素の一つとして、1996年に中断されていた新憲法草案の審議を行うための国民会議の再開が掲げられました。

国民会議は2004年5月17日に再開され、国内外から集められた多様な代表者、具体的には25の少数民族武装組織の代表者や、一般国民からの代表者を含む総勢1076名が参加しました。複数回にわたる会合を経て、憲法の骨子となる基本原則が採択され、その後の憲法草案作成を担うための憲法起草委員会（国家平和発展評議会によって任命された54名の委員で構成）の設立が決定されました。

起草委員会による草案の完成後、国家平和発展評議会は2008年2月19日に憲法草案の準備が整ったことを発表し、同年5月には国民投票を実施する計画を明らかにしました。国民投票は、全土一斉に2008年5月10日に実施されましたが、一部の地域ではサイクロン・ナルギスの甚大な被害を受けて、投票日が同年5月24日に延期されました。当時の統治機関は、この国民投票において有権者の93.82パーセントが憲法草案に賛成したと発表しました。しかし、民主化指導者アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟（NLD）が憲法草案に反対する中で投票が強行されたことや、投票プロセス及び制定過程全体の自由と公平性が十分に担保されていないとの指摘が多くなされ、広範な批判を浴びました。

民政移管とその後の憲法論議

2010年に行われた総選挙を経て、2011年3月にミャンマーは長年の軍政から民政への移行を果たしました。国軍系の連邦団結発展党（USDP）から大統領に就任したテイン・セイン氏は、主要野党となった国民民主連盟との対話を模索しました。これに応じた国民民主連盟は、2012年4月の連邦議会補欠選挙にアウンサンスーチー氏らを候補者として擁立し、国政の舞台に復帰しました。

その後、国民民主連盟は、連邦議会の全議席のうち25パーセントが国軍に自動的に割り当てられるという憲法の規定や、特にアウンサンスーチー氏が大統領に就任することを実質的に妨げる目的で設けられたとされる憲法第59条第6項（候補者本人またはその両親、配偶者、子供、子供の配偶者のいずれかが外国籍である場合、被選挙権を有さないとする条項）の削除を目指し、憲法改正の試みを重ねました。しかし、これらの試みは、国軍および連邦団結発展党からの強い抵抗に遭い、ことごとく実現に至りませんでした。

一方で、国民民主連盟は2015年の総選挙で圧倒的な勝利を収め、政権を獲得しました。これにより、憲法改正の直接的な壁に直面した状況を打開するため、実質的な国家の最高指導者として機能する「国家顧問」という新たな役職を設置することを決定しました。そして、この職にアウンサンスーチー氏を任命することで、彼女が憲法の定める大統領資格の制限に抵触することなく、国の政治運営において中心的な役割を担える道筋を確立しました。

軍政の再来と憲法の行方

国民民主連盟は、続く2020年の総選挙でも再び大勝を収めました。しかし、この選挙結果に対して国軍および連邦団結発展党は広範な不正があったと主張し、選挙結果の受け入れを拒否しました。そして、2021年2月1日、国軍はクーデターを敢行し、アウンサンスーチー氏や当時のウィンミン大統領らを拘束しました。国軍は憲法第417条を発動して非常事態を宣言し、ミン・アウン・フライン上級大将を議長とする「国家行政評議会」を設置することで、国家の統治権力を掌握しました。国軍側は、一連の行動をあくまで「憲法に則った措置」であると主張しており、憲法自体の効力は停止させていないという立場を維持しています。

これに対し、クーデターに強く反発した国民民主連盟に所属する一部の連邦議会議員らは、同年2月5日に事実上の暫定議会である「連邦議会代表委員会」（CRPH）を結成し、軍政に対する抵抗運動を開始しました。CRPHは同年3月1日には事実上の臨時政府として「国民統一政府」を組織しました。結成当初、CRPHは2008年憲法の扱いについて明確な姿勢を示していませんでしたが、同年3月31日には一転して、2008年憲法の廃止を一方的に宣言しました。同時に、新しい暫定憲法として「連邦民主憲章」（英語: Federal Democracy Charter）を制定したことを発表しました。その後、2021年4月16日に正式に発足した「国民統一政府」（NUG）も、CRPHの立場を引き継ぎ、2008年憲法の効力を否定し、「連邦民主憲章」を今後の憲法として適用していく姿勢を示しています。

国軍が持つ特別な権限

2008年憲法の下で、ミャンマー国軍は他の国家機関に比べて様々な特権を保持しています。最も顕著なのは、連邦議会の全議席のうち25パーセントが、選挙を経ることなく国軍関係者に自動的に割り当てられている点です。加えて、国防省、内務省、国境省という国家の治安・防衛の中枢を担う三つの省の大臣は、大統領ではなく国軍総司令官が任免権を持っています。また、連邦議会によって選出される二人の副大統領のうちの一人は、必ず国軍の代表者から選ばれることになっています。

これらの憲法上の規定により、2011年以降の民政移管期において、選挙によって選ばれた国家指導者（特に2015年以降の国民民主連盟政権）は、国家の治安・防衛に関する重要な機関に対して、ほとんど影響力を行使することができないという状況が続いていました。このような国軍の強い権限は、ミャンマーの政治情勢における不安定要因の一つとなっています。

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