テイン・セイン

テイン・セイン（Thein Sein）は、ミャンマーの政治家であり、同国の首相、連邦団結発展党（USDP）の党首、そして軍事政権後初となる大統領を務めた人物です。1944年 4月20日生まれで、民族的には華人であり、中国語名は登盛です。大統領就任時の階級は中将でした。

人物像

テイン・セインは、他の国軍高官とは異なり、利権や汚職などのスキャンダルとは無縁で、国民からはクリーンなイメージを持たれていました。また、野心がなく、上官の命令に忠実に従う官僚タイプと評され、当時の国家評議会議長タンシュエからの信頼も厚く、「忠実な部下」「典型的なイエスマン」とも言われていました。タンシュエが引退後にテイン・セインを大統領に指名したのは、自身の安全を考慮した結果ともされています。

誕生日

ミャンマーでは、占星術と結びついた呪術を避けるため、要人の正確な誕生日は公表されないことが一般的です。テイン・セインの場合も正確な誕生日は不明ですが、1944年生まれである可能性が高いとされています。ある占星術師は、1944年5月の金曜日生まれであると明かしています。ミャンマーには、生まれた曜日によって名前の規則が決まる文化があり、それに基づいてテイン・セインは金曜日生まれと推測されています。

生い立ち

テイン・セインは、エーヤワディーデルタ地帯の小さな村、チョンクーで生まれました。貧しい農家の末っ子として育ち、幼少期には日本兵に抱かれた経験があるといいます。父親は母親の死後、仏門に入り亡くなりました。テイン・セインは村の僧院で学び、成績優秀だったため、パッセインの学校に進学しましたが、学費が払えず一時帰郷するなど苦労を重ねながらも高校を卒業しました。算数とビルマ語が得意で、バレーボールや絵、地図の作成に熱中し、読書もよくしていたそうです。大学の学費が払えないという理由から国軍士官学校を受験し、18歳で入学しました。

軍歴

1968年、国軍士官学校を卒業し、少尉に任官しました。1980年代にはシャン州でビルマ共産党（CPB）との戦いに明け暮れました。兄のトゥンミンによると、軍隊生活は非常に過酷で、食料が尽きて草や根を食べることもあったそうです。マラリアにも感染し、高熱で苦しんだ経験もあります。中将時代には心臓を患い、ペースメーカーを入れました。常に鉄製のヘルメットを被っていたため、前頭部の髪はほとんど失われています。

1992年から1995年まで陸軍参謀本部、1996年から2001年まで三角軍区司令部司令官を務め、国軍の中枢を歩みました。三角軍区司令部司令官時代には、ワ州連合軍（UWSA）とタイ当局との交渉を通じて国境沿いの紛争を解決した経験から、タイ人を信用しないとも噂されています。その後、タンシュエに引き立てられ、2003年には国家平和発展評議会（SPDC）第2書記、2004年からは制憲国民会議招集委員会委員長に就任し、新憲法の起草に取り組みました。

首相

2007年5月、白血病で療養中だったソーウィン首相の後任として暫定首相に任命され、同年10月に正式に首相に就任しました。首相就任時、テイン・セインが訪問したことのある外国は中国とシンガポールだけでした。首相就任後、テイン・セインは国中を隅々まで回り、貧しい村を訪れて実業家に寄付を頼むこともありました。2008年のサイクロン・ナルギスでは、生まれ故郷のチョンクー村も甚大な被害を受け、国家防災中央委員会委員長として陣頭指揮を執りましたが、政府の無力さにショックを受けたとされています。この経験が、テイン・セインの考え方を変える大きな転機となりました。

2010年4月、テイン・セインは国軍を退役し、連邦団結発展党（USDP）を設立、党首に就任しました。同年11月の総選挙でUSDPは圧勝し、大統領候補として、当初はトゥラ・シュエマンが有力視されていましたが、当時軍政内で序列4位だったテイン・セインが選出されました。これは、タンシュエが自身の地位を脅かさない人物を選んだ結果だとされています。

大統領

2011年3月30日、テイン・セイン政権が発足し、国名も「ミャンマー連邦共和国」に変更されました。しかし、閣僚の多くが国軍出身者であり、当初は軍政と変わらないと見られていました。しかし、同年7月にアウンサンスーチーとの会談が実現すると、一気に改革が加速しました。

テイン・セインは、外部の有識者や実務経験者を大統領顧問に登用し、政治犯の釈放、表現・報道の自由拡大、NLDの政党再登録、ミッソンダム建設計画の凍結、少数民族武装勢力との和平調停、各種経済改革などを断行しました。これらの改革は国内外の関係者を驚かせ、スーチーも非常に協力的で、国際社会にテイン・セインの改革への協力を呼びかけました。アメリカによる経済制裁も緩和され、日本、韓国、欧米諸国もそれに追随しました。テイン・セインの社会経済政策の自由化、スーチーの協力、欧米の容認という3つの要素が合わさり、ミャンマーは劇的な変貌を遂げました。

テイン・セインは、国連事務総長ウ・タントの孫であるタンミンウーに、「私には民主主義の経験が全くなかった。だから、人々が本当に求めているものを自問自答した。そして、普通の人々にとって、最も重要なことは、十分な食べ物があること、子供たちを学校に通わせられること、医療が受けられることだと感じた」と語っています。大統領就任直後には、「農村開発と貧困削減」をテーマにしたワークショップを開催しました。2012年にはノーベル平和賞の有力候補にも上がりましたが、受賞はなりませんでした。

2013年頃になると、テイン・セイン派とトゥラ・シュエマン派との対立が激化し、スーチーも憲法改正が進まないことに苛立ちを見せ始めました。スーチーは、テイン・セインがノーベル平和賞の候補に挙がったことについて、「彼が相応しいとは思いません」と述べています。また、各地でムスリムと仏教徒の衝突が頻発するようになり、テイン・セインはムスリムヘイトを撒き散らす過激派仏教徒を厳しく取り締まることなく、むしろ彼らが後押しする法案を成立させました。

2015年11月に行われた総選挙には出馬せず、政界を引退しました。選挙はNLDが圧勝し、政権移譲は円滑に行われました。2016年 3月30日、テイン・セインは大統領の座をティンチョーに譲り渡しました。大統領公邸での日々は「人生でもっとも厳しい日々だった」と振り返っています。

大統領退任後

大統領退任後は仏門に入り、2021年のクーデター後も表舞台には出ていません。ネピドーの自宅で静かに生活していましたが、2023年4月には潘基文元国連事務総長と面会し、2024年6月には中国で行われた平和五原則発表70周年記念式典に出席しました。

年譜

1988年：第55軽歩兵師団（少佐、シャン州カロー）
1989年：指揮幕僚大学（CGSC）卒業（シャン州カロー）
1992年～1995年：陸軍参謀本部（大佐、ヤンゴン）
1996年～2001年：三角軍区司令部司令官（准将、シャン州ケントン郡区）
2003年8月～2004年10月：国家平和発展評議会（SPDC）第2書記
2004年10月～2007年10月：SPDC第1書記
2004年1月～不明：未成年者雇用防止委員会委員長
2004年5月～2007年9月：国民会議招集委員会委員長
2007年5月～2011年2月：首相（ソーウィンの首相代行、後に正式就任）
2008年10月～2011年2月：国家防災中央委員会委員長（サイクロン・ナルギスの救援活動を監督）
2010年4月26日～2011年2月：軍籍を離脱、連邦団結発展党（USDP）党首（大統領選出と同時に党籍離脱）
2010年11月7日～2011年2月：連邦議会議員（大統領選出と同時に失職）
2011年3月30日～2016年 3月30日：国防治安評議会議長、大統領（首相を退任）
2016年4月22日：USDP党首に復帰

大統領時代の年譜

2011年3月30日：大統領就任。
2011年5月17日：初の大統領恩赦。
2011年6月9日：カチン州で戦闘勃発。
2011年8月19日：アウンサンスーチーと会談。
2011年9月30日：ミッソンダムの建設中止。
2011年11月30日：ヒラリー・クリントン米国務長官がミャンマーを訪問。
2011年12月23日：国民民主連盟（NLD）が正式に政党として登録。
2021年1月：政治犯を恩赦により釈放。
2012年4月1日：NLDが補欠選挙で圧勝。
2012年4月：第4回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席のため来日。
2012年6月：ラカイン州でムスリムと仏教徒が衝突。
2012年8月20日：出版前検閲の廃止。
2012年11月19日：バラク・オバマ大統領がミャンマーを訪問。
2013年3月20日：メイッティーラでムスリムと仏教徒が衝突。
2013年5月20日：テイン・セイン大統領がアメリカを訪問。
2013年5月25日・26日：安倍晋三首相がミャンマーを訪問。
2014年5月11日：ミャンマーが初のASEANサミットを開催。
2013年12月：ミャンマーで東南アジア競技大会が開催。
2014年7月10日：ユニティファイブの判決。
2014年11月12日：オバマ大統領がミャンマーを再訪問。
2015年2月9日：コーカン紛争。
2015年3月10日：レパダン弾圧。
2015年6月25日：軍人議員が憲法改正に反対票を投じる。
2015年8月12日：トゥラ・シュエマンがUSDPから追放される。
2015年10月15日：全国停戦合意に署名。
2015年11月8日：総選挙（NLDが圧勝）。
2016年3月15日：ティンチョーが大統領候補に指名される。
2016年 3月30日：政権移譲。

参考文献

春日孝之『黒魔術がひそむ国ミャンマー政治の舞台裏』河出書房新社、2020年。
タンミンウー著、中里京子訳『ビルマ危機の本質』河出書房新社、2021年。

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