ミュンヘン市電

ドイツの主要都市、ミュンヘン市内を走るトラム（路面電車）は、長い歴史を持つ公共交通機関の中核をなしています。シュタッドウェルケ・ミュンヘン傘下のミュンヘン交通会社（MVG）によって運営されており、地下鉄やバスと共に市の交通網を支えています。

創成期の軌跡：馬車から電気へ

19世紀後半、経済の活況と人口増加に沸くミュンヘンでは、効率的な公共交通へのニーズが高まっていました。1869年から既に乗合馬車が運行していましたが、これに代わる大量輸送手段として馬車鉄道の導入が検討されます。資金調達や行政からの反対など多くの障壁がありましたが、1876年10月21日にベルギー企業によって最初の馬車鉄道路線が開業しました。その後、運営は新設されたミュンヘン軌道会社に移管され、馬車鉄道網は急速に拡大し、1892年までには9系統を数えるに至ります。

一方、ミュンヘン軌道会社は1883年に蒸気機関車牽引の列車（スチームトラム）も導入しましたが、馬車を牽く馬が機関車の音に驚いて事故を起こす問題が発生し、後に区間が移設されました。

ミュンヘンにおける最初の電気鉄道は、1886年に開業した私有路線「ウングラー鉄道」でした。これは温泉施設へのアクセスを提供し、後の馬車鉄道網電化の先駆けとなります。

1890年代に入ると、既存の馬車鉄道網を電気路面電車に置き換える計画が本格化します。1895年 6月23日には電気運転での旅客営業が始まり、順次電化が進められました。景観への配慮から一時的に蓄電池機関車も試用されましたが、1900年 8月14日には市内の全区間が電気運転へと移行しました。

この電化の過程で、ミュンヘン軌道会社は市の管理下に置かれ、1907年には運営権が市に移管されます。電化が完了した頃には、既に20系統を擁する大規模なネットワークが構築されていました。

困難な時代：戦争と存廃の危機

電化後のミュンヘン市電は、多数の路線が開通し発展を続けましたが、第一次世界大戦中は人員や電力の不足から減便が実施され、女性乗務員が登用されるなど困難に直面しました。戦後には政治的な混乱やハイパーインフレーションが運賃の急激な上昇を招きました。設備の改修や車両の新造が進むのは1920年代後半になってからですが、世界恐慌の影響で再び運行縮小を余儀なくされます。

1930年代には経済が回復するものの、都市計画における地下鉄やバス網の拡充方針から、路面電車の新規延伸はわずかに留まります。第二次世界大戦が始まると、一部系統の休止や減便が行われる一方で、男性運転士の徴兵による人員不足から再び女性運転士が活躍しました。需要が増加する中、空襲による甚大な被害が発生し、終戦直前の1945年 4月には全面的に運行を休止しました。

終戦後、被害からの復旧は急速に進み、1950年代半ばまでには大部分の路線が再開されました。1956年以降は郊外への路線延伸が進み、1964年には過去最大の路線長134kmを記録し、高頻度運転も実施されるなど最盛期を迎えます。しかし、利用者の増加は道路混雑を招き、定時性などの問題が顕在化しました。

この問題を解消するため、1950年代から地下鉄建設が再び検討されます。当初は路面電車の地下化（シュタットバーン）が構想されましたが、1964年に大型車両による本格的な地下鉄を建設する方針に変更されました。これ以降、地下鉄や通勤鉄道（Sバーン）の整備に伴い、多くの路面電車路線が廃止されていきました。1978年の市議会選挙で路面電車撤去派が優勢になったこともあり、廃止の流れは加速します。

存続決定と近年の発展

路面電車の廃止が進む中、1980年代には市民団体による存続運動が高まりを見せます。これを受けたミュンヘン市議会は、1986年 7月に路面電車を都市交通システムの一部として維持することを満場一致で決定しました。その後も議論は続きましたが、市議会での討議や費用対効果の検証を経て、1993年にミュンヘン市電の存続が正式に確定しました。

存続決定に先立ち、1991年には路面電車網の改修・近代化計画が承認され、老朽化した施設の更新に加えて、バリアフリーに対応した超低床電車の導入が進められました。1996年には一度廃止された路線が復活するなど、積極的に路線の再整備が行われます。

2009年には地下鉄との接続を強化する新規路線として23号線が開業。以降も地下鉄やSバーンとの連携強化、再開発地域の交通需要に対応するため、路線網の拡大が続いています。2022年時点で、ミュンヘン市電の営業キロは約82kmとなっています。

現在の運行と車両、未来への展望

2022年現在、ミュンヘン市電は多数の系統で運行されており、一部には深夜帯を走る系統も存在します。使用されている車両は全て連接構造となっており、時代の要請に応じた低床車両も主力として活躍しています。

Munich transport company (MVG)は、元車庫を改装した「MVG博物館」を運営しており、ミュンヘンの交通史に関する貴重な資料や、保存された路面電車車両（一部は走行可能）を見ることができます。

今後のミュンヘン市電は、さらなる発展が計画されています。2022年には市議会によって、混雑緩和と利便性向上を目的とした合計17km以上の路線延伸計画が承認されました。具体的には、ミュンヘン西部を結ぶ「西部接続線」、北部地域の交通網を強化する「ミュンヘン北部線」や「北部接続線」などが含まれており、これらの路線は2020年代後半にかけて順次開業する予定です。これら以外にも、複数の延伸プロジェクトが検討されており、ミュンヘン市電はこれからも市民の足として重要な役割を担い続けます。

ちなみに、ミュンヘン市と姉妹都市提携を結ぶ日本の札幌市には札幌市電があり、かつて車両の一部にミュンヘン市電を模した塗装が施されていた時期がありました。

もう一度検索