ムスタアスィム

アッバース朝最後のカリフ、ムスタアスィムとその悲劇的な最期

1213年に生まれたムスタアスィムは、1242年にアッバース朝の第37代カリフとして即位しました。彼は信仰深く温厚な人物として知られ、書道もたしなむ教養人でしたが、カリフとしての資質は不足していました。母がエチオピア出身の奴隷であったという出自も、彼を常に不安定な立場に置きました。

ムスタアスィムの治世は、モンゴル帝国の興隆という大きな影に覆われていました。彼は政治を側近たちに任せ、自身は娯楽や読書に耽溺する日々を送っていました。モンゴル軍の侵攻という危機が迫る中、彼はその現実を直視せず、警告や忠告を無視し続けました。

モンゴル軍の将軍フレグ率いる軍勢がイラクに侵攻すると、ムスタアスィムは事態の深刻さを理解できませんでした。イブン・アルアルカミー宰相の忠告にも耳を貸さず、軍備増強も怠り、兵士への報酬も惜しむほどでした。ハマダンまで進軍したモンゴル軍から降伏勧告が送られても、彼はそれを拒否し続けました。

アンバール付近で一度はモンゴル軍に勝利を収めますが、それは一時的なものでした。1258年1月22日、バグダードはモンゴル軍に包囲され、2月10日にはついに陥落しました。このバグダードの戦いは、アッバース朝の終焉を告げるものとなりました。

フレグは降伏したムスタアスィムを無能と罵倒し、2月21日、彼を処刑しました。ムスタアスィムの処刑については、複数の史料が存在し、その内容は異なっています。ある史料によると、彼はモンゴルの伝統にのっとり、敷物に巻かれた後、軍馬に踏み殺されたと記されています。一方、別の史料では、監禁され、食料を与えられず、蓄えた金銀財宝を差し出され、「これらを食べて生きろ」と嘲笑されたと伝えられています。また、フレグがムスタアスィムに金塊を乗せた大皿を見せ、「これを食べられるか」と問うたという逸話も伝わっています。

ムスタアスィムの長男と次男も処刑されました。幼少の三男ムバーラク・シャーはフレグの妃に預けられ、その後アゼルバイジャンに送られました。アッバース朝は、その最後の領土を失い、世俗王家としての歴史に幕を閉じました。しかし、ムスタアスィムの父方の叔父はマムルーク朝に逃れ、ムスタンスィル2世としてカリフに即位しました。これは、アッバース朝のカリフ家系が完全に断絶したわけではなかったことを示しています。

ムスタアスィムの生涯は、カリフとしての無策と、時代の大きな変化に対応できなかった悲劇的な物語です。彼の死は、アッバース朝の終焉だけでなく、中世イスラーム世界における大きな転換期を示す象徴的な出来事となりました。彼の治世と最期は、歴史家や研究者にとって、いまだに多くの議論を呼ぶ重要なテーマであり続けています。そして、彼の統治がもたらした結果は、中東の歴史に永続的な影響を与え続けました。

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