メデア (オペラ)

ルイジ・ケルビーニのオペラ『メデア』

『メデア』（原題：Médée, Medea）は、ルイジ・ケルビーニが作曲した全3幕からなるオペラ・コミックです。1797年にパリで初演され、エウリピデスの悲劇『メディア』とピエール・コルネイユの戯曲『メデ』を基に、フランソワ＝ブノワ・ホフマンがフランス語でリブレットを執筆しました。

作品の魅力

ケルビーニの『メデア』は、初演当時からその革新性が高く評価されていました。悲劇的な力強さ、ライトモチーフの巧みな使用、そして聴衆を戦慄させるオーケストレーションは、ベートーヴェンやワーグナーといった後世の作曲家たちを魅了しました。声楽書法においても、グルックの様式とケルビーニ自身のイタリア的な発想が融合し、ロマン派オペラの先駆けとして位置づけられています。

神話への忠実さと普遍的なテーマ

音楽学者の楠見千鶴子は、ケルビーニの『メデア』を「みずみずしいまでにギリシア神話に忠実な作品」と評しています。メデアの物語は、再構成されるたびに強いドラマ性を帯び、脇道に逸れることのない強烈な物語として展開されます。特に、メデアという一人の女性の内なる激情がドラマを牽引する点が特徴的です。子への愛とジャゾンへの憎しみに引き裂かれるメデアの姿は、現代社会にも通じる普遍的なテーマ、すなわち家庭不和という現実の問題を浮き彫りにしています。

底知れぬ恐ろしさ

『新グローヴ オペラ事典』では、「底知れぬ恐ろしさという点で、このオペラに匹敵する作品はない」と評されています。復讐という単一の情念と殺人という行為をこれほどまでに膨らませ、抑えきれない激情を3時間もの間持続させる舞台は、フランスのオペラ史上前例がありませんでした。ホフマンの巧みな人物描写が、ケルビーニによる主要登場人物の深層心理の表現を可能にしました。

古典派とロマン派の狭間

音楽史家のグラウトは、本作の構成とドラマの扱い方にグルックの影響を見出しつつも、音楽的表現においては古典派とロマン派の境界に位置し、ベートーヴェンの初期様式を想起させる点が多いと指摘しています。

初演とその後の評価

1797年の初演は批評家には評価されたものの、一般には受け入れられず、わずか20回の上演で打ち切られました。その後、パリでは長らく再演されることはありませんでしたが、ドイツでは人気を博し、19世紀を通じて頻繁に上演されました。しかし、イタリアでは1909年まで上演されず、その後もさほど人気は出ませんでした。20世紀に入り、1953年のフィレンツェ五月音楽祭でマリア・カラスがタイトルロールを歌い、ヴィットリオ・グイが指揮したことで、本作は再び脚光を浴びることとなりました。

近年では、オリジナルのフランス語稿での上演も増えています。2008年には、ヘイコ・クルマン編集によるクリティカル・エディションが出版され、より原典に近い形での上演が可能になりました。2018年と2020年には、ベルリン州立歌劇場でダニエル・バレンボイムの指揮、ソーニャ・ヨンチェヴァの主演により、フランス語版で上演されています。

日本初演

日本初演は2023年5月27日に日生劇場で行われました。栗山民也が演出、園田隆一郎が指揮、岡田昌子がメデアを演じ、新日本フィルハーモニー交響楽団が演奏を担当しました。

楽器編成

木管楽器: フルート2（ピッコロ持ち替え）、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2
金管楽器: ホルン4
打楽器: ティンパニ
その他: 弦楽五部
舞台裏（バンダ）: フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トロンボーン1、サンダーマシン

上演時間

全幕で約2時間10分

第1幕: 約55分（序曲は約7分）
第2幕: 約45分
第3幕: 約30分

あらすじ

物語は古代コリントを舞台に展開されます。

第1幕

コリントの王クレオンは、娘ディルセを英雄ジャゾンと結婚させようとしています。しかし、ディルセはジャゾンの前妻であるメデアの存在に不安を感じています。メデアはかつて、ジャゾンが金羊毛を手に入れるために弟殺しをさせた魔女であり、ジャゾンは彼女を冷酷に捨てたのでした。メデアは現れ、ジャゾンとの愛と彼に奪われた子供たちを訴えますが、ジャゾンは拒絶します。クレオンはメデアに退去を命じ、ジャゾンとメデアは激しい二重唱を繰り広げます。

第2幕

メデアはジャゾンへの復讐を誓い、冥府の神々に助けを求めます。クレオンはメデアに国外追放を命じますが、子供たちに別れを告げるために1日の猶予を与えます。メデアは侍女ネリスに、魔法をかけた王冠と打掛をディルセに贈るように命じます。神殿では結婚式が執り行われ、メデアは復讐の炎を燃やします。

第3幕

嵐の音楽が響き渡る中、メデアは神の加護を祈願します。ネリスはディルセに王冠と打掛を届けたと報告します。メデアは子供たちを殺すかどうか迷いますが、遂に決意し、子供たちを神殿に連れ込み殺害します。ディルセは王冠と打掛の炎に焼かれ、断末魔の叫びを上げます。ジャゾンが駆けつけますが、復讐は既に完了しています。メデアは血塗られたナイフを手に、復讐の女神エリーニュスに付き添われて現れ、ジャゾンに復讐が終わったことを告げ、宮殿に火を放ちます。宮殿は崩れ落ち、物語は幕を閉じます。

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