メバロン酸

メバロン酸

メバロン酸（mevalonic acid、略称MVA）は、生体内で重要な役割を果たす有機化合物の一つで、ヒドロキシ酸に分類されます。その化学式はC6H12O4であり、分子量は148.2です。化学構造に基づいた正式なIUPAC命名法では、3,5-ジヒドロキシ-3-メチルペンタン酸と呼ばれます。

かつては日本において「火落酸（ひおちさん）」として、また欧州においては「ジバロン酸」としてそれぞれ独立に発見・命名された歴史を持ちますが、現在では世界的にメバロン酸という名称で統一されています。

生体内での役割

メバロン酸は、生体内の主要な代謝経路であるメバロン酸経路（またはイソプレノイド経路）における中心的な中間体として位置づけられています。この経路は、ステロイド類、カロテノイド、ユビキノン、プレニル化タンパク質など、多種多様な生理活性物質を含むテルペノイド（イソプレノイド）と呼ばれる一群の化合物を生合成するために不可欠です。

中でも、メバロン酸は動物細胞において特に重要な役割を担っています。それは、細胞膜の構成要素として、あるいは各種ホルモン（性ホルモン、副腎皮質ホルモンなど）やビタミンD、胆汁酸などの前駆体として生命活動に不可欠な脂質であるコレステロールの合成において、初期の重要な原料となるためです。メバロン酸がなければ、体内でコレステロールを効率的に合成することはできません。

生合成のプロセス

メバロン酸の生合成は、アセチルCoAを前駆体とする一連の反応から始まります。直接的なメバロン酸の生成ステップは、ヒドロキシメチルグルタリルCoA（HMG-CoA）と呼ばれる化合物が還元されることによって進行します。このHMG-CoAからメバロン酸への変換反応は、コレステロール合成経路全体において、その進行速度を制御する最も重要な段階、すなわち律速段階として機能します。

この律速反応は、細胞の細胞質基質と呼ばれる区画で行われ、エネルギーを供給する還元物質であるNADPHが2分子消費される不可逆的なプロセスです。一度メバロン酸が生成されると、この経路は一方的に進行します。

メバロン酸は、その後さらに代謝を受け、テルペノイドやステロイドなどの最終産物へと変換されていきます。最初のステップは、メバロネートキナーゼという酵素によるリン酸化であり、これにより5-ホスホメバロン酸が生成します。続いて、この5-ホスホメバロン酸は、ホスホメバロネートキナーゼの作用を受けて二度目のリン酸化を受け、5-ピロホスホメバロン酸となります。これらのリン酸化された中間体を経て、最終的に活性イソプレノイド単位であるイソペンテニル二リン酸などが生成され、様々なテルペノイドやコレステロールの合成に利用されるのです。

関連情報

メバロン酸の代謝経路やコレステロール合成との関連から、いくつかのキーワードが関連付けられます。例えば、酒の変質に関わる微生物の代謝産物に関連する「火落ち」現象、あるいはメバロン酸経路の律速段階を阻害することで血中コレステロール値を低下させる「スタチン」と呼ばれる薬剤群（例として「メバロチン」などが知られています）は、高コレステロール血症の治療において重要な役割を果たしています。これらの薬剤は、メバロン酸の生成を抑えることで、コレステロール合成を抑制する仕組みを利用しています。

このように、メバロン酸は単純な有機化合物でありながら、生命維持に不可欠な様々な物質の生合成経路の中核を担っており、基礎研究から医療応用に至るまで、幅広い分野で注目される重要な分子です。

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