メフォ手形

メフォ手形：ナチス・ドイツの秘密軍拡を支えた影の資金

メフォ手形とは、1930年代のナチス・ドイツにおいて、軍事費調達のために秘密裏に用いられた割引手形です。通常の商業手形とは異なり、実質的には政府による借入を装ったものでした。その名称は、このスキームのために設立されたペーパーカンパニー「有限会社冶金研究協会 (Metallurgische Forschungsgesellschaft, 略称: MEFO)」に由来します。

導入の背景：世界恐慌と再軍備

世界恐慌後のドイツは、深刻な失業問題と財政難に苦しんでいました。ヴァイマル共和国政府は、公債発行による財源確保に苦慮する中、雇用創出を名目に手形による資金調達を模索します。1932年のパーペン計画や1933年の緊急計画では、公共事業を受注した企業が手形を発行し、ライヒスバンクが再割引を保証するという仕組みが採用されました。

しかし、ヒトラー率いるナチス政権は、この仕組みを再軍備に転用しました。ヒトラーは、再軍備に消極的なライヒスバンク総裁ハンス・ルターを解任し、軍拡に協力的と見なされたヒャルマル・シャハトを後任に据えます。シャハトは、ライヒスバンクの信用供与限度額を超える軍拡資金調達のため、メフォ手形という画期的な、あるいは危険なスキームを考案しました。

メフォ手形の仕組みと運用：秘密と欺瞞

メフォ手形の仕組みは、以下の通りです。

1. 国防省からの受注企業がMEFO宛てに手形を発行します。
2. MEFOが手形を引き受け、事実上、政府が支払義務を負います。
3. ライヒスバンクが再割引を保証し、銀行が手形を割引します。
4. 手形の償還は、予算に計上されず、秘密裏に処理されます。

MEFOは、ライヒスバンク、国防省、航空省の代表で構成される役員会を持ち、実態はペーパーカンパニーでした。手形の裏書には、MEFOと関係のある「工業製品会社 (Handelsgesellschaft für Industrieerzeugnisse, 略称: Hafi)」が関わりました。この複雑な仕組みによって、軍拡資金の調達が秘密裏に進められました。

償還期限は当初5年以内とされましたが、1936年の改定で延長が認められ、軍備費の増大に伴い事実上、無期限に繰り延べられることになりました。

メフォ手形と経済：繁栄の裏に潜む危機

メフォ手形によって調達された資金は、ドイツ軍の急激な拡大を支えました。1933年から1937年にかけて、軍事費は7億ライヒスマルクから82億ライヒスマルクへと10倍以上に増加しました。多くの企業は、メフォ手形を現金化し、経済活動を活発化させました。しかし、これは政府債務の増大を意味し、インフレの潜在的なリスクを抱えていました。

償還問題と破綻：シャハトの抵抗とヒトラーの独走

1937年、シャハトはメフォ手形発行の停止と流通額の制限を条件に、ライヒスバンク総裁の続投を要求しましたが、ヒトラーはこれを拒否しました。シャハトは解任され、メフォ手形は1938年3月末で発行停止となりましたが、償還は先送りされました。

その後、政府は「納入者国庫証券」を導入しましたが、これは早期償還を余儀なくされるものでした。メフォ手形はライヒスバンクと金割引銀行に集中し、市中への流通は抑制されました。政府は増刷によって償還に応じようとしましたが、インフレ圧力が強まり、財政危機を招きました。

1939年には、シャハトらライヒスバンク首脳陣はヒトラーに抗議しましたが、解任されました。メフォ手形の償還は、結局、第二次世界大戦終結まで先送りされ、未償還のまま終戦を迎えることになりました。

まとめ：秘密軍拡と経済の歪み

メフォ手形は、ナチス・ドイツの秘密軍拡を可能にした一方で、経済に深刻な歪みをもたらしました。その仕組みは、財政規律を無視した危険なものであり、最終的にはドイツ経済の破綻の一因となりました。メフォ手形は、一見繁栄を遂げたナチス・ドイツの裏側にある、危険な賭けの象徴と言えるでしょう。

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