メリスマ

メリスマ：一音節への多音符装飾

メリスマとは、歌詞の一音節に複数の音符を配することで生まれる、独特の歌唱法です。古代ギリシャ語で「歌」を意味するこの言葉は、単一の母音に複数の音を重ねて歌うテクニックを指します。単音節に複数の音符を付加することで、音楽に豊かな色彩と表現力を与える効果があります。

歴史と文化におけるメリスマ

メリスマの起源は古く、古代ギリシャの文化においては、催眠状態のような恍惚感を与えるものとして、宗教的な儀式や秘儀、礼拝などに用いられていたとされています。この伝統は、ヒンドゥー教やイスラム教の典礼音楽にも受け継がれ、宗教音楽において重要な役割を担ってきました。

グレゴリオ聖歌では9世紀頃から楽譜に現れ始め、ミサ曲のキリエ、アレルヤ、グラドゥアーレといった楽章や、オルガヌムの対旋律などに用いられました。ビザンツ聖歌にもその痕跡を見ることができ、フランドル楽派のミサ曲やバッハのオラトリオ、ミサ曲などでも、メリスマは重要な表現手段として多用されています。

特に、イタリア後期ルネサンス音楽やドイツ・バロック音楽においては、特定の音型を用いたメリスマが、音画技法やフィグール論と結びつき、歌詞の内容をより深く表現する手段として高度な技巧が用いられました。

西洋音楽においてはグレゴリオ聖歌との関連が強いですが、実際には様々なジャンルの音楽でメリスマは用いられてきました。モンテヴェルディのオペラ『オルフェオ』のアリアからゴスペル、そして現代のポピュラー音楽まで、その幅は広範囲に渡ります。

民族音楽においても、ヨーデルや日本の民謡「江差追分」など、自然発生的にメリスマが用いられている例が多く見られます。これらの例では、宗教的な恍惚感ではなく、音楽的な表現手段としてメリスマが用いられている点が特徴的です。

こぶしとの比較

日本語の「こぶし」とメリスマは、どちらも装飾的な歌唱法として類似点があります。しかし、メリスマは複数の音高を連続的に通過し、一音節を数小節にわたって伸ばすことで拍節感を曖昧にする効果を持ちます。詩吟におけるこぶし、節調にも類似性が見られますが、単一の長い音符で一音節を伸ばす場合はメリスマとは呼びません。

現代音楽におけるメリスマ

ロック、ブラック・ミュージックなど、民族音楽にルーツを持つ現代のポピュラー音楽でも、メリスマは広く用いられています。ジョン・レノン、ホイットニー・ヒューストン、スティーヴィー・ワンダー、セリーヌ・ディオン、マライア・キャリーといった、多くの著名な歌手がメリスマ的な歌唱法を用いており、アメリカン・ポピュラー音楽の影響を受けた日本のポピュラー音楽でも、メリスマの使用例が増えています。

まとめ

メリスマは、長い歴史を持つ歌唱法であり、宗教音楽から現代ポピュラー音楽まで、多様な音楽ジャンルにおいて重要な役割を担っています。一音節に複数の音符を付加することで生まれる独特の音色は、音楽に深みと表現力を与え、聴き手に深い感動を与え続けるテクニックと言えるでしょう。

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