メーストラー

メーストラー（ムネーストラー）

ギリシア神話に語られる女性、メーストラーは、古くはムネーストラーとも呼ばれた人物です。彼女はテッサリアー地方を治めていた王、エリュシクトーンの娘として生を受けました。エリュシクトーンはアイトーンという別名でも知られていたため、メーストラーもしばしば「アイトーンの娘」と称されることがあります。

メーストラーの最も特筆すべき能力は、驚くほど多様な姿に変身できる魔法の力でした。この特別な技は、海の神ポセイドーンによって彼女に授けられたと伝えられています。特にオウィディウスの著した『変身物語』において、その経緯が詳しく描かれています。また、メーストラーはポセイドーンに深く愛された女性でもあり、二人の間には後にコス島の王となる息子エウリュピュロスが生まれたという神話も存在します。さらに、異説として、彼女が有名な策略家アウトリュコスの妻となったとする伝承も残されています。

神話に描かれた悲劇的な生涯

メーストラーの人生は、傲慢な父エリュシクトーンの行いによって大きく翻弄されます。エリュシクトーン王は、女神デーメーテールの神聖な森にあった、樹齢を重ねた巨大な樫の木を尊ぶことなく切り倒すという罪を犯しました。この冒涜に対する罰として、デーメーテールはエリュシクトーンに、決して満たされることのない凄まじい飢えの呪いをかけます。

この飢えに苛まれたエリュシクトーンは、自らの食欲を満たすため、先祖伝来の莫大な財産を文字通り食い尽くしてしまいます。そして、ついには自身の娘であるメーストラーを奴隷として売り飛ばすという非道な行為に及びました。人買いによって故郷から連れ去られようとしたその時、絶望したメーストラーはかつて関係を持ったポセイドーンに助けを求めます。彼女の願いを聞き届けたポセイドーンは、彼女にどんな動物や人間にでも瞬時に姿を変えることのできる能力を与えました。

この力によって、メーストラーは人買いの手から逃れ、元の姿に戻って父のもとへ帰ることが可能になりました。しかし、飢えに狂ったエリュシクトーンは娘のこの能力を知ると、それを悪用することを考えます。彼はメーストラーを繰り返し様々な人物に売り飛ばし、そのたびに得た金銭で食料を買い漁りました。そしてメーストラーは、父を助けたい一心で、売られる先から動物などに変身して逃げ帰るという行為を繰り返しました。これは、飢えという恐ろしい呪いから父を救おうとする娘の、健気でありながらも悲痛な努力でした。

ヘーシオドスの記す『名婦列伝』には、この時期の別のエピソードが語られています。娘の能力を知った父エリュシクトーンは、息子の花嫁にメーストラーを迎えようと考えていたシーシュポスをも騙そうとします。シーシュポスは用心深く、メーストラーが逃げ出せないよう縄で縛り、見張りをつけましたが、メーストラーは変身能力を用いて容易に縄を解き、姿を変えてその場から立ち去ったとされています。

その後、メーストラーはポセイドーンによってコス島へと連れ去られ、そこで息子エウリュピュロスを出産したとされます。しかし、彼女はやはり飢えに苦しむ父を見捨てることができず、やがて故郷へ帰還しました。娘がどれだけ尽力しても、エリュシクトーンにかけられた飢えの呪いは解けることはありませんでした。彼は飢餓に耐えかね、ついに自らの肉体を食らい始め、指や手足までも食い尽くした末に命を落としたと言われています。

メーストラーの物語は、親の罪に翻弄されながらも、与えられた特別な能力を駆使して必死に父を救おうとした娘の悲しい運命を描いています。彼女の変身能力は自由への手段であると同時に、父の業に縛り付けられる道具ともなってしまったのです。

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