モリイシガメ

モリイシガメ（Glyptemys insculpta）

ヌマガメ科モリイシガメ属に分類されるカメで、この属の模式種です。和名や英名（Wood Turtle）が示すように、森林やその周辺の水辺環境に深く結びついた生態を持ちます。

分布

主に北米大陸の東部から中西部にかけての広い範囲に生息しています。具体的には、アメリカ合衆国のアイオワ州北東部、イリノイ州北部、ウィスコンシン州、ウエストバージニア州北東部、オハイオ州北東部、コネチカット州、ニュージャージー州北部、ニューハンプシャー州、ニューヨーク州、バージニア州北東部、バーモント州、ペンシルベニア州、マサチューセッツ州、ミシガン州、ミネソタ州東部、メイン州、メリーランド州、ロードアイランド州に分布します。また、カナダでもオンタリオ州南東部、ケベック州南部、ニューブランズウィック州、ノバスコシア州で見られます。最初に発見された標本（模式標本）の産地は、レクトタイプの指定によりニューヨーク周辺とされています。

形態

最大で甲長23.4センチメートルほどに成長し、一般的にメスよりもオスの方が大きくなります（メスの最大甲長は約20.4センチメートル）。背甲はやや扁平で、後方に向かって幅広くなる傾向があり、個体によっては中央部がわずかにくびれて見えることもあります。背甲の後部には浅い切れ込みが入ります。最大の特徴は、背甲の各甲板に見られる明瞭な成長輪と、そこから放射状に広がる独特な皺模様です。モリイシガメ属の学名「Glyptemys」は「彫刻されたカメ」を意味し、種小名「insculpta」もまた「彫刻された」を意味しますが、これらはまさにこの甲羅の模様に由来しています。縁甲板の外縁はやや反り上がり、特に後部の縁甲板は鋸の歯のように尖っています。背甲の色は褐色、灰褐色、暗褐色など様々で、黄色や黒の斑紋、破線状の筋、あるいは放射状の模様を持つ個体も見られます。腹甲は比較的大きく、左右の喉甲板の間には切れ込みがほとんどありません。腹甲や背甲との接合部（橋）の色は黄色や黄褐色、薄橙色が多く、生まれた時からある初生甲板の周辺には、黒や暗褐色の不明瞭な斑紋が一つずつ入るのが特徴です。

頭部はやや大きめで黒く、頸部、四肢、尾は暗褐色をしています。四肢は頑丈で、尾は比較的長いです。オスとメスでは形態にいくつかの違いが見られます。オスは腹甲の左右の肛甲板の間の切れ込みがメスよりも深く、前肢の前方を覆う大型の鱗がより発達する傾向があります。また、頸部や四肢の基部の色は、オスでは赤や橙色、淡黄色を帯びることが多いのに対し、メスは淡黄色がかる程度です。

生態

落葉広葉樹林内の水場、湿地林、沼沢地、湿原、湿性草原などを主な生息地としており、特に森林環境を好みますが、乾燥した草原や河川、湖沼でも見られます。半陸棲で、湿度が高く水辺が近い場所を好む傾向がありますが、地域によってその程度は異なります。活動は昼間に行われ、夜間は水中や陸上の穴で休息します。寒さが厳しくなる冬期には、水中で冬眠して過ごします。

食性は幅広い雑食性です。水中の両生類の幼生や、陸上のミミズ、動物の死骸などを動物質の餌とし、植物の葉、果実、藻類なども食べます。特筆すべき行動として、前肢や腹甲を地面に打ち付けることで、地中にいるミミズを雨音と勘違いさせて誘い出し、捕食することが知られています。

繁殖期は3月から10月にかけて、主に春と秋にピークを迎えます。オスはメスを見つけると周囲を徘徊したり、メスの体の様々な部分に頭部を近づけたり、メスの前で頭部を上下に動かすといった求愛行動を行います。メスがオスを受け入れると、オスは爪をメスの甲羅に引っ掛けながら背中に乗り、腹甲をメスに擦り付けたり叩きつけたり、メスの頭部や頸部に噛みつくなどして交尾を強く迫ります。時にはメスを水中に完全に沈めようとすることもあります。交尾は水中で、午後から夜にかけて行われることが多いです。産卵は5月から7月にかけて年に一度行われ、一回の産卵で3個から20個の卵を産みます。卵はおよそ42日から82日で孵化します。モリイシガメは性染色体を持つため、発生時の温度によって性別が決まる温度性決定ではなく、遺伝的に性別が決定されます。孵化した幼体は、地表に出る前に地中でそのまま越冬することが多いです。性成熟は比較的遅く、オスは甲長19〜20センチメートル、メスは16〜18.5センチメートル程度（いずれも生後14〜18年）で繁殖が可能になります。

保全状況と人間との関わり

モリイシガメの生息数は、開発による生息地の破壊、人為的に持ち込まれた外来植物による植生の変化、そしてペット目的での乱獲など、様々な要因により激減しています。アメリカ合衆国では、分布する多くの州で法的に保護の対象とされていますが、残念ながら密猟の対象となることもあります。国際的にも保護されており、1992年にはワシントン条約附属書IIに掲載されました。

日本を含む国外でもペットとして飼育されることがありますが、輸入量はもともと少なく、ワシントン条約に掲載されてからはその流通量はさらに大きく減少しました。現在、アメリカ合衆国からの輸出はほぼ停止しているため、ヨーロッパや日本国内で繁殖された個体が少数流通するのみとなっています。飼育する際は、陸地と広い水場を設けたテラリウム形式、あるいは水を浅く張ったアクアリウム形式が適しています。餌付きが良い個体が多く、飼育下では市販の配合飼料にもすぐに慣れます。ただし、発情期のオスは非常に攻撃的になることがあり、オス同士では激しく争って殺し合うこともあります。また、メスに対しても執拗な交尾を迫った結果、死に至らしめるケースもあるため、基本的に単独で飼育することが推奨されます。

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