モーシェ・ベン＝マイモーン

ラビ・モーシェ・ベン＝マイモーン（マイモニデス）

ラビ・モーシェ・ベン＝マイモーン（1135年 - 1204年）は、中世スファラディのユダヤ教ラビ、哲学者、律法学者であり、その影響力は極めて大きいものでした。ア[[ラビア語]]ではイブン・マイムーン、ラテン語ではマイモニデスとして知られています。ヘブライ語の略称であるラムバム（RaMBaM）でも知られ、「モーシェの前にモーシェなく、モーシェの後にモーシェなし」と称えられるほど、卓越した人物でした。

生涯

モーシェ・ベン＝マイモーンは、イスラーム支配下のコルドバで生まれ、代々続くラビの名門の家系に育ちました。父ヨセフは著名な学者であり、コルドバのユダヤ教徒社会の最高判事を務めていました。モーシェは幼少期からユダヤ教学とアラビアの諸学問に励みましたが、父の厳格な教育に反発し、家出したこともあったと伝えられています。また、同郷のイブン・ルシュド（アヴェロエス）とも親交があったとされています。

ムワッヒド朝による迫害を避けるため、モーシェは一時的にイスラームに改宗したと見せかけ、その後、アルメリア、モロッコのフェズへと移住しました。各地での見聞は彼の視野を広げ、この間にユダヤ暦に関する論文や『ミシュナー註解』の編集に取り組みました。

フェズでは、隠れユダヤ教徒を攻撃する匿名の書簡に反論する文書を公刊し、これが彼の最初の論文となりました。しかし、フェズでの生活も長くは続かず、1165年に一家でパレスチナへ向けて出発しました。アッコンに到着後、聖地を巡礼し、1166年にはカイロ南部のフスタートに移住しました。

カイロでは、父ヨセフの死後、ラビ職に就きましたが、報酬を受け取らなかったため、弟ダビデが宝石商として家計を支えました。しかし、ダビデが海難事故で亡くなると、モーシェは医業を始め、家計を支えることになりました。また、現地のユダヤ教徒社会の指導者としても活躍し、多くの法的問題に適切な回答を与え、人々から尊敬を集めました。

モーシェは、1173年にアイユーブ朝のサラーフッディーン（サラディン）の妃に仕える女性と結婚し、1185年には宮廷医に任命されました。医師としての名声は高まり、カイロのユダヤ人共同体の指導者としての地位も確立しました。イングランド王リチャード1世からイングランド王室の侍医になるよう誘いも受けましたが、彼はイスラーム世界を好んで断ったと伝えられています。

1204年、モーシェはフスタートで亡くなり、遺体はガリラヤ湖畔のティベリアに葬られました。その墓は今も多くの巡礼者が訪れる場所となっています。

業績

モーシェ・ベン＝マイモーンは、講義よりも著作を通して自身の思想を伝えました。彼の著作はア[[ラビア語]]で書かれ、後にヘブライ語、ラテン語に翻訳されました。

ユダヤ法学

モーシェの最大の業績の一つは、ユダヤ法典『ミシュネー・トーラー』の編纂です。この法典は、タルムードからの法を集大成したもので、後のユダヤ法典に大きな影響を与えました。当初は、原典への引用がないことや、タルムードの研究を軽視しているように受け取られたことから、反対もありましたが、現在では、ユダヤ法体系化への記念碑的貢献として評価されています。

彼は、「罪のない一人を死刑にするよりも、千人の犯罪者を無罪とする方が良い」という言葉を残し、絶対的な確実性がない場合は、死刑を避けるべきだと説きました。

ユダヤ神学・哲学

モーシェは、ユダヤ教の伝統的な教義とギリシア哲学、特にアリストテレス哲学を調和させようとしました。彼の哲学書『迷える者たちの導き』は、アリストテレス哲学とユダヤ教神学の調和を試みたもので、信仰を失った哲学者たちに呼びかけ、聖書の隠された意味を理性的に解釈しようとしました。

彼は、アリストテレスは月下の世界に関する権威であり、啓示は天上の世界に関する権威であるとしながらも、神に関する知識において哲学と啓示は一致すると主張しました。しかし、彼の思想は、あまりにも合理的すぎると批判され、保守的なユダヤ人の一部からは書物を焼却されることもありました。

『迷える者たちの導き』は後にラテン語に翻訳され、キリスト教の神学者たちにも大きな影響を与えました。

迷える者たちの導き

『迷える者たちの導き』は、マイモニデスの三つの主著の一つであり、ヘブライの聖書学とアリストテレス哲学の調和を探求したものです。神人同形論を批判し、神は肉体的な存在ではなく、否定的な概念によってのみ説明できると主張しました。また、創造の神学や神の戦車に関する神秘的な解釈も行いました。

この著作は、ユダヤ教の内外で大きな影響を与え、多くの哲学的作品がマイモニデスの見解を引用、注釈、批判しました。

医学

モーシェは、身体の健康と正しい生活様式が「真理の認識」に重要であると考え、医学の研究にも熱心に取り組みました。彼は、喘息、痔疾、性交、養生論、中毒学、医療倫理など、多岐にわたる分野の著書を残し、その中でも『医学至言集』は最も有名です。

モーシェの医学的な見解は、当時としては先進的であり、割礼法の改善、痔疾の治療法などを提唱し、その著作は後世の医学に大きな影響を与えました。

思想

モーシェは、アリストテレスを師と仰ぎましたが、アリストテレスに反対して、神は無から形相だけでなく質料も創造したと主張しました。また、占星術を否定し、モーゼ五書は文字通りではなく、比喩的に解釈すべきであると説きました。

彼の思想は、同時代のユダヤ人から異端視されることもありましたが、その合理的な解釈は、後世の思想家、特にスピノザに影響を与えたとも言われています。

13の信仰箇条

モーシェは、ユダヤ教の「13の信仰箇条」を作成し、ユダヤ教の基本的な信仰を明確に示しました。これらの箇条は、神の存在、唯一性、非物質性、永遠性、礼拝の対象、啓示の信頼性、モーセの預言者としての卓越性、神のトーラー、不変性、人間の活動に対する神の全能性、善行への報いと悪行への報復、メシアの到来、死者の復活などを述べています。

これらの信仰箇条は、ユダヤ教徒にとって重要な指針となり、モーシェの思想がユダヤ教に与えた影響を示すものです。

作品

『ミシュナー註解』
『セーフェル・ハン＝ミツウォート』
『ミシュネー・トーラー』
『迷える人々の為の導き』
* 『テシューボート』

まとめ

ラビ・モーシェ・ベン＝マイモーン（マイモニデス）は、ユダヤ教の歴史において傑出した人物であり、その思想は、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの世界に大きな影響を与えました。彼の著作は、今日でも多くの人々に読まれ、研究され続けています。

もう一度検索