アイユーブ朝

アイユーブ朝：サラディンが築いたイスラム王朝の興亡

アイユーブ朝は、12世紀から13世紀にかけて、エジプト、シリア、イエメンなどを支配したスンナ派イスラム王朝です。その創始者、サラーフッディーン（サラディン）は、クルド系の名将として知られています。

アイユーブ朝の成立

サラディンの活躍は、セルジューク朝、ザンギー朝時代へと遡ります。クルド人の一族に生まれた彼は、ザンギー朝に仕え、優れた軍事手腕で頭角を現しました。1169年、エジプトのファーティマ朝で宰相の地位に就いたサラディンは、事実上独立した政権を築き、アッバース朝のカリフの権威を認め、マリク（王）の称号を用いて支配の正統性を主張しました。この年をアイユーブ朝の始まりとするのが通説です。

サラディンの死後、アイユーブ朝は王族の間で領土が分割され、ダマスカス、アレッポ、ディヤルバクルなどに半独立の地方政権が成立しました。アル＝アーディル、アル＝カーミル、アッ＝サーリフなど、有力な君主の時代には一時的に統一が回復することもありましたが、1250年、マムルーク（軍人奴隷）によるクーデターでカイロのアイユーブ朝は滅亡。その後、シリアに残った地方政権も、モンゴル帝国とマムルーク朝の抗争の中で消滅しました。

サラディンと十字軍

アイユーブ朝の歴史において、十字軍との戦争は重要な部分を占めます。サラディンは、1187年のヒッティーンの戦いで十字軍を大敗させ、エルサレムを奪還しました。この勝利は、イスラム世界に大きな衝撃を与えました。しかし、その後は第3回十字軍のリチャード1世と激しく対抗。1192年に和平が成立し、エルサレムはイスラム勢力の手に残されましたが、ヤッファ以北の沿岸部は十字軍の支配下に入りました。

アイユーブ朝の政治と社会

アイユーブ朝の政治体制は、セルジューク朝、ザンギー朝から継承したマムルーク制度とイクター制度を基盤としていました。ワズィールやカーディーなどの文官、ハージブ（サラール）などの軍人が君主を補佐し、軍の主力となるのはクルド人やトルコ系マムルークでした。しかし、指揮系統の組織化は後世のマムルーク朝ほど発達していませんでした。イクター制度は、軍人や官僚への土地の分与制度であり、国家の財政基盤を成していました。しかし、この制度は王族やアミールたちの間で土地の所有権をめぐる争いを引き起こす一因にもなりました。

経済と文化

アイユーブ朝時代、エジプトとシリアの経済は発展しました。ナイル川を利用した農業がエジプト経済を支え、小麦、綿花、サトウキビの生産が盛んでした。また、十字軍勢力との抗争が経済関係の発展を妨げることはなく、ヨーロッパとの交易も活発に行われました。特に紅海交易は重要な役割を果たし、カイロやアレクサンドリアは交易拠点として栄えました。国際貿易の発展は、債権や銀行制度の発達にもつながりました。

文化面では、スンナ派保護の方針のもと、多くのマドラサ（神学校）が建設され、スンナ派の知的活動が盛んになりました。医学、薬学、植物学などが特に発展し、多くの学者や医師がアイユーブ朝に集まりました。建築面では、石材を生かした堅牢かつ美しい建築物が特徴です。

モンゴル帝国の侵攻とアイユーブ朝の終焉

13世紀後半、モンゴル帝国の侵攻がアイユーブ朝を脅かしました。バグダードのアッバース朝滅亡後、アイユーブ朝はマムルーク朝と対立するも、やがてモンゴルに屈し、1260年のアイン・ジャールートの戦いでマムルーク朝が勝利すると、アイユーブ朝の支配は完全に終焉を迎えました。その後、アイユーブ家の末裔は、マムルーク朝支配下で各地に小規模な勢力を残しましたが、最終的にはマムルーク朝、あるいはオスマン帝国に吸収されていきました。

まとめ

アイユーブ朝は、サラディンの卓越した指導力と軍事力によって築かれた、中世イスラム世界において重要な王朝でした。十字軍との戦いやモンゴル帝国の侵攻など、激動の時代を生き抜きましたが、最終的にはマムルーク朝に取って代わられました。しかし、アイユーブ朝はエジプトとシリアにおける政治、経済、文化に大きな影響を与え、その歴史は現在も研究され続けています。

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