モーツァルトのベルリン旅行
モーツァルトのベルリン旅行（1789年）
1789年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、自身の経済的苦境を打開することを期待して、居住地ウィーンから北ヨーロッパへの長期旅行に出発しました。プラハ、ライプツィヒ、ドレスデンを経て最終目的地ベルリンを巡るこの旅は、彼の成人期における最も長い旅程の一つとなりました。
旅行の背景と出発
当時のモーツァルトは、演奏会からの収入が激減し、オペラ作曲による収益も十分ではなかったため、深刻な財政難に直面しており、知人からの借金で急場を凌いでいる状況でした。この旅行の費用については、貴族でありフリーメイソンの盟友でもあったカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵が負担することになりました。リヒノフスキーは自身の用事でベルリンへ向かう途中で、モーツァルトに同行しないかと誘ったのです。1789年4月8日朝、二人はウィーンを出発しました。モーツァルトはその日のうちに妻コンスタンツェへ手紙を書き、プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世がポツダムでの到着を待っているという情報や、プラハでの新作オペラ契約による250ドゥカート（約1000フローリン）の報酬について、良い知らせとして報告しています。
各地での活動
まず4月12日にドレスデンに到着し、オテル・ド・ポローニュに宿泊。翌日にはホテルでコンサートを開き、モーツァルトはアントン・タイバーやアントニーン・クラフトらと共演して複数の四重奏曲やディヴェルティメントK.563を演奏しました。また、プラハへ帰宅途中だった友人ヨーゼファ・ドゥシェックの伴奏を務め、彼女はモーツァルトのオペラアリアを歌いました。その翌日には、ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世とその妃の前で演奏を披露し、9歳のチェリスト、ニコラウス・クラフトやドゥシェックが共演しました。モーツァルトはピアノ協奏曲第26番「戴冠式」を演奏し、褒美として翌日100ドゥカート入りの煙草入れを受け取りました。15日にはロシア大使と昼食を共にし、その後ヨハン・ヴィルヘルム・ヘスラーとオルガン、続いてピアノで腕を競いました。16日と17日には文人クリスティアン・ゴットフリート・ケルナー宅を訪れ、ケルナーの義理の妹で画家のドーラ・シュトックによってモーツァルトの肖像画が描かれました。これは彼の生前に描かれた最後の肖像画である可能性が高いとされています。
ライプツィヒには4月18日に出発し、2日後の20日に到着しました。ライプツィヒには3日間滞在し、その間にヨハン・ゼバスティアン・バッハが音楽監督を務めたことで有名な聖トーマス教会を訪問。バッハの音楽に深く傾倒していたモーツァルトは、ここでオルガン即興演奏を行い、聖トーマス教会の生徒たちが歌うバッハのモテットBWV225を聴き、その場でパート譜を写譜した可能性があると言われます。
ベルリンに近いポツダムへは4月23日にライプツィヒを出発し、25日に到着しました。国王が到着を待っているとの期待とは裏腹に、到着後の宮廷での対応は消極的でした。国王はモーツァルトに関する件を宮廷室内楽監督ジャン＝ピエール・デュポールに一任。モーツァルトはデュポールのメヌエットによる変奏曲K.573を作曲しましたが、この時点での王室での演奏機会は得られず、実際にポツダムに長く滞在したという確証も残されていません。
ライプツィヒ再訪とベルリンへ戻り
その後モーツァルトは一時的にライプツィヒへ戻り、5月8日に到着しました。5月12日にはゲヴァントハウスで自身の作品のみによるコンサートを開催しましたが、短期間の告知のためか集客は振るわず、モーツァルトは妻への手紙で「実入りはさっぱり」だったと記しています。この頃、同行していたリヒノフスキー侯爵が5月半ばにライプツィヒを離れ、以降モーツァルトは単独での行動となりました。モーツァルトがリヒノフスキーから1415フローリンという多額の借金をしたのはこの旅の途中とみられ、リヒノフスキーはモーツァルトの死の直前の1791年10月に、この借金の返済を巡る裁判で勝訴しています。モーツァルトは友人との交流を続けたかったことや、旅に使える馬が不足していたことなどから、5月17日までライプツィヒに滞在しました。
ライプツィヒを発ったモーツァルトは再びベルリンへ向かい、5月19日に到着しました。2回目のベルリン滞在中、5月26日には念願の王宮での演奏機会を得て、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世と王妃の前で演奏しました。その褒賞として100フリードリヒ金貨（約800フローリン）を受け取り、さらに国王からは弦楽四重奏曲6曲、王女フリーデリケからは易しいピアノソナタ6曲の作曲を委嘱されました。ベルリン到着の夜には自身のオペラ『後宮からの誘拐』の上演を観劇した可能性があり、後のドイツの詩人ルートヴィヒ・ティークの回顧録には、劇場で偶然モーツァルト本人と会話を交わしたというエピソードが記されています。
帰路と旅の特別な側面
モーツァルトは5月28日にベルリンを出発しました。帰路はドレスデンを経由し、プラハに5月31日から6月2日まで滞在した後、最終的に6月4日にウィーンへと帰り着きました。
この旅行は、モーツァルトが1782年にコンスタンツェと結婚して以来、初めて妻が同行しなかったものでした。モーツァルトは旅行開始当初はコンスタンツェに頻繁に手紙を送っていましたが、多くは失われているため、彼が旅行中ずっと定期的な文通を続けていたかは不明です。モーツァルト伝記作家のメイナード・ソロモンは、この旅行中にヨーゼファ・ドゥシェックとの間に不貞があったと主張する説を唱えていますが、ドゥシェックの旅程がモーツァルト一行と頻繁に重なる事実はあるものの、この説は広く否定されています。
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