ユタ・ティーポット

ユタ・ティーポット：CGの歴史を彩る象徴的なティーポット

ユタ・ティーポット、別名ニューウェル・ティーポットは、コンピュータグラフィックスの歴史において最も有名な3Dモデルの一つです。そのシンプルながらも特徴的な形状は、数々のCG技術の開発や教育、そして表現において長年に渡り活用され続けてきました。

誕生秘話：数学的モデルとしてのティーポット

1975年、ユタ大学のマーティン・ニューウェルによって制作されたこのティーポット。ニューウェルは当時、グラフィックスプログラミングの研究に携わっており、数学的モデルとして適した、親しみやすく扱いやすい形状の物体を探していました。その着想を与えたのは、彼の妻サンドラでした。自宅にあったティーポットをモデル化するという提案は、まさにCGの歴史に大きな影響を与える、画期的なアイデアだったと言えるでしょう。

ニューウェルは、鉛筆と方眼紙を用いてティーポットを手描きでモデリングし、その後、グラフィック端末上でベジェ曲線の制御点を用いて、幾何学モデルを構築しました。この作業は、現在のように3Dスキャナーを用いる手法とは異なり、手作業による緻密な作業を必要としたと言えるでしょう。ティーポットだけでなく、カップや受け皿、ティースプーンもモデリングされましたが、広く普及したのはティーポットのみとなりました。ミルク差しもモデリングされたものの、そのデータは残念ながら失われたとされています。

広がり：公開データとCG研究の発展

ニューウェルは、ティーポットのレンダリング結果だけでなく、モデリングデータ自体も公開しました。この公開が、ユタ・ティーポットをCG研究者の間で瞬く間に普及させた大きな要因です。ティーポットの形状は、丸みとくびれ、取っ手の穴といった特徴を持ち、自身に影を落とし、複雑なテクスチャがなくても視覚的に魅力的でした。こうした特徴が、CG技術の研究や実験を行う上で理想的なモデルとして、多くの研究者から支持されたのです。

初期のモデルには底面がありませんでしたが、これは下から見た状態を想定していなかったためです。後のバージョンでこの点は修正されています。それから数十年、様々なCG技術の進歩に伴い、ユタ・ティーポットは様々な表現で登場しました。精密な面分割によるモデル、滑らかな陰影表現、ワイヤーフレーム表示、凹凸のある表面、半透明や透明で内部の屈折まで表現されたり、さらには豹の毛皮で覆われたティーポットまで制作されました。

現在も続く活用：定番モデルとしての地位

現代において、ユタ・ティーポットをレンダリングすることは、1975年当時と比較すれば容易になりました。しかし、その一方で、新たなグラフィックス技術を試すためのサンプルとして、ティーポットは今もなお活用され続けています。AutoCAD、Lightwave 3D、POV-Ray、OpenGL、Direct3D、3D Studio Maxなど、多くの3DCGソフトウェアで利用可能であり、GLUTやDirect3Dといったライブラリにも専用の関数として組み込まれています。OS XやBeOSにもティーポットを用いたデモが付属していました。

また、レンダラの自己テストやベンチマークにも頻繁に使用され、そのレンダリング結果は、ソフトウェアの性能を評価する指標としても役立っています。

CG文化におけるアイコンとしての存在

ユタ・ティーポットは、CG業界において一種の「内輪ネタ」として認識されており、多くの作品に登場します。例えば、ピクサーの映画『トイ・ストーリー』や、Microsoft Windowsのスクリーンセーバー「パイプ」などにも登場し、CG業界に携わる者にはおなじみの存在となっています。ピクサーは、このティーポットを擬人化したキャラクター「ウォーキング・ティーポット」を、レンダリングソフトRenderManのマスコットとしています。

さらに、レイトレーシングに関する論文の図表として使われたり、数学的解説の題材としても活用され、CG分野のみならず、数学教育においてもユニークな存在となっています。ジム・ブリンは、数学教育用ビデオシリーズ"Project Mathematics!"において、ピタゴラスの定理の説明にティーポットを用いたことで知られています。

ティーポットの実物

モデル化されたティーポットの実物は、メリタ社製のティーポットで、ニューウェルは1974年に購入しました。このティーポットは、ボストンコンピュータ博物館を経て、現在はカリフォルニア州マウンテンビューにあるコンピュータ歴史博物館に収蔵されています。実物のティーポットは、コンピュータモデルよりも背が高く、これは当時のフレームバッファの制約によるものだとされています。しかし、ジム・ブリンによると、ARPA向けデモでY方向を縮小した方が「かわいい」と判断したため、その後は縮小版が使用されるようになったという説もあります。

このように、ユタ・ティーポットは、その誕生から現在まで、CG技術の発展と密接に関わってきた象徴的なモデルであり、これからもCG文化において重要な存在であり続けるでしょう。

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