ユダの福音書

『ユダの福音書』とは

『ユダの福音書』は、キリスト教の新約聖書の外典の一つとされ、初期キリスト教の思想を知る上で重要な資料と位置づけられています。この福音書は、伝統的なキリスト教の解釈とは異なり、イエスを裏切ったとされるイスカリオテのユダが、実はイエスの真意を最も深く理解していた弟子であったという、独自の視点を提供しています。

歴史的背景

この文書は、2世紀頃には存在が示唆されており、初期キリスト教の神学者エイレナイオスの著作『異端反駁』にもグノーシス主義異端の書として言及されています。エイレナイオスの記述によると、『ユダの福音書』は、ユダの「裏切り」はイエス自身が指示したものであり、ユダは他の弟子たちよりもイエスの真理を深く授かっていたと主張しています。

現存する唯一の写本は、コプト語に翻訳されたもので、220年から340年頃に筆写されたと考えられています。長らく、その存在はエイレナイオスの文献からしか知られていませんでしたが、1970年代にエジプトで発見されたパピルス写本の解析により、その実体が明らかになりました。この写本は、2006年にナショナルジオグラフィックによって発表され、現代語訳（英語版、日本語版）も相次いで刊行されました。

内容と構成

『ユダの福音書』は、イエスとユダ、他の弟子たちとの対話形式で構成されています。物語は、イエスがイスカリオテのユダと語る場面から始まり、以下のような内容が含まれています。

イエスの宣教と十二弟子の召命：物語の導入部として、イエスの活動と弟子たちの召命が描かれます。
弟子たちの無知とユダの知識：他の弟子たちの無知に対し、ユダがより深い知識を持っていることが強調されます。
上なる世代の告知：グノーシス主義的な思想に基づき、天上の世界に関する情報が語られます。
ユダの幻と説明：ユダが見た幻の内容とその解釈が語られます。
世界と人間の生成神話：世界の起源と人間の存在についての神話的な説明が展開されます。
人間と世界の運命に関する議論：人間とその運命、世界の終末についての考察が含まれます。
ユダの役割：ユダがイエスの計画において重要な役割を担っていたことが示されます。
イエスに対する陰謀：物語の結びとして、イエスに対する陰謀が描かれます。

評価と影響

荒井献は、『ユダの福音書』において、伝統的に「裏切り者」とされてきたユダが、「福音」の伝達者として高く評価されていると指摘します。彼は、ユダがイエスの愛弟子として復権されたことの意義を強調しています。一方、J.ファン・デル・フリートは、この文書が文学的にまとまっていると評価しつつも、史的イエスやユダに関する新たな情報や伝承を含んでいないとしています。また、『ユダの福音書』は、キリスト教の神学史を理解する上で、正統的な教義とそうでないものを区別する上で重要な役割を果たしていると指摘しています。

発見と復元までの経緯

1978年、エジプト中部で盗掘者によって発見された写本が、1980年代に古美術商ハンナ（仮名）の手に渡りました。その後、盗難や劣化を経て、1999年に古美術商フリーダー・チャコスがこの写本を購入しました。イェール大学に調査を依頼した結果、この写本が『ユダの福音書』であることが判明しました。その後、復元作業が進められ、2006年に全体の85パーセントが復元されました。

まとめ

『ユダの福音書』は、キリスト教の初期の思想を知る上で貴重な資料であり、従来の聖書解釈とは異なる視点を提供しています。この福音書は、ユダの役割を再評価し、グノーシス主義的な思想を反映した、キリスト教の多様性を物語る重要な文献と言えるでしょう。

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