ユリウス・ヴェルハウゼン

ユリウス・ヴェルハウゼン（1844-1918）は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍した、ドイツを代表する聖書学者、東洋学者、そして神学者でした。彼は、旧約聖書、特にモーセ五書（トーラー）の成立過程に関する研究で、現代聖書研究に大きな足跡を残しました。

ヴェルハウゼンは、ヴェストファーレン州ハーメルンに生まれ、ゲッティンゲン大学で神学を学びました。その後、グライフスヴァルト大学、ハレ大学、マールブルク大学、そして最後にゲッティンゲン大学で教授職を務め、その生涯を学問に捧げました。

彼の最大の業績は、トーラーの成立に関する批判的研究です。それまでの通説では、モーセ五書はモーセ自身によって記されたと信じられていましたが、ヴェルハウゼンは、トーラーの記述の中には、モーセの時代には存在しなかったはずのイスラエル王国の記述が含まれていることを指摘しました。彼は、このことから、トーラーは複数の著者が異なる時代に執筆した断片を編集して成立したものだと結論づけました。この説は「文書仮説」として知られ、聖書研究における重要な転換点となりました。

さらに、ヴェルハウゼンは、モーセ五書の記述に矛盾や不整合点を見出し、モーセ自身の手によるものではないと主張しました。具体的には、モーセの時代には文字が普及していなかったという点を根拠として挙げました。ただし、この点については、後の研究によって異論も出されています。

ヴェルハウゼンの研究は、旧約聖書の成立過程だけでなく、古代イスラエル社会の宗教や政治構造についても新たな光を当てました。彼は、『パリサイ派とサドカイ派』（1874年）や『イスラエル史』（1878年）などの著書の中で、預言者エレミヤの個人的な信仰や、バビロン捕囚後の祭祀法典の成立などに焦点を当て、従来の解釈を覆す洞察を示しました。特に、彼はユダヤ教の成立過程において祭祀階層と預言者の対立、そして律法の固定化が重要な役割を果たしたと論じています。また、イスラエル宗教とユダヤ教の関係性についても独自の解釈を与え、6世紀頃からユダヤ教が古代イスラエル宗教を圧迫し、律法が固定された結果、パリサイ派が権力を掌握する一方、精神的イスラエルとしてのキリスト教が成長したという見解を示しました。

彼の研究は、アラビア語の「アッラーフ」の語源に関する考察にも及びました。彼は、「アッラーフ」は「神」を意味する普通名詞「イラーフ」に定冠詞「アル」を付したものが短縮されたものだとする説を唱え、これはイスラム教徒の間でも広く受け入れられる解釈となっています。

ヴェルハウゼンの研究は、聖書研究にとどまらず、当時隆盛を極めた歴史学、人類学、社会学、そして哲学にも大きな影響を与えました。ニーチェ、ヴェーバー、フロイトといった著名な思想家たちも、彼の学説から多大な刺激を受けたと言われています。

主要な著作として、『パリサイ派とサドカイ派』『イスラエル史』そして『イスラエル史序説』（Prolegomena zur Geschichte Israels）などがあります。彼の著作は、今日でも聖書研究の重要な参考文献として高く評価されています。彼の研究は、旧約聖書解釈の新たな地平を開き、現代聖書研究の基礎を築いたと言えるでしょう。

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