ユリウス2世 (ローマ教皇)

ユリウス2世：ルネサンス教皇の光と影

ユリウス2世（1443年 - 1513年）は、16世紀初頭のローマ教皇であり、本名をジュリアーノ・デッラ・ローヴェレといいます。彼は芸術を愛し、多くの芸術家を支援したことで、ローマにルネサンス芸術の最盛期をもたらしました。その一方で、教皇領とイタリアから外国勢力を排除しようとする強硬な姿勢は、彼を「戦争好きの政治屋教皇」という評価に導きました。

生涯：急速な出世と権力闘争

アルビッソラの貧しい家庭に生まれたローヴェレは、教皇シクストゥス4世の甥にあたります。叔父の意向で修道院に入りますが、後に教区にも籍を置き、1471年には28歳で枢機卿に任命されました。叔父の庇護のもと、ローヴェレは急速に影響力を増し、アヴィニョンの大司教をはじめとする複数の司教職を兼任しました。1480年には教皇使節としてフランスに派遣されるなど、華々しい経歴を重ね、枢機卿団での存在感を高めていきました。

しかし、当時の枢機卿団には、ロドリゴ・ボルジアというもう一人の有力者がいました。1492年の教皇選挙では、ボルジアが賄賂によって票を買い集め、教皇アレクサンデル6世として即位します。敗れたローヴェレは身の危険を感じてパリへ逃れ、フランス王シャルル8世にナポリ王国への継承権を主張するよう働きかけました。そして1494年、シャルル8世を動かし、フランス軍とともにイタリアに侵攻。アレクサンデル6世を退位させようとしますが、失敗に終わります。

その後、ローヴェレは一時アレクサンデル6世と和解しますが、その野望を捨てず、1503年にアレクサンデル6世が死去すると、次の教皇選出に影響力を行使します。ピウス3世が即位するもすぐに亡くなると、ローヴェレはかつての敵、チェーザレ・ボルジアの支持を取り付け、自らが教皇ユリウス2世として即位しました。しかし、用済みとなったチェーザレは逮捕され、後に戦死しました。

イタリア戦争と教皇領の独立

教皇に即位したユリウス2世は、教皇領をめぐる複雑な権力関係と外国の影響力を排除しようとしました。まず、教皇領を我が物としていたボルジア家の影響力を一掃し、かつてボルジア家に迫害された名族オルシーニ家とコロンナ家の関係を修復しました。そして、ローマの安全を確実にするため、ヴェネツィア軍を教皇領から追い出し、1504年には神聖ローマ帝国とフランスの同盟を画策し、ヴェネツィアの影響力を弱めようとしました。

しかし、この同盟も効果は限定的で、1506年には自ら軍を率いてペルージャやボローニャを陥落させました。1508年にはフランス王ルイ12世、アラゴンのフェルナンド2世と対ヴェネツィア同盟を結成し、ヴェネツィアを破ります。しかし、フランスの影響力が増大すると、ユリウス2世は今度はヴェネツィアと同盟してフランスと対立しました。

フランスは教会会議を招集し、教皇を廃位しようとしましたが、ユリウス2世はヴェネツィア、アラゴンと同盟を結び、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世、イングランド王ヘンリー8世も同盟に加えました。そして、フランス軍をアルプス以北へ撤退させることに成功しました。しかし、この結果はイタリアに他の大国が影響力を及ぼすという新たな問題を生み出すことになりました。

ユリウス2世は教皇領の政治的安定と独立を達成しましたが、イタリア全体の独立という夢は叶わず、1513年に病没しました。

評価：政治家、軍事的指導者、そして芸術の庇護者

ユリウス2世の事績は、教会関係者というよりも政治家や軍事指導者のものでした。前任者アレクサンデル6世の方針を引き継ぎましたが、ユリウス2世は自らの栄誉よりも教会の権威を高めることに専心しました。しかし、マキャヴェッリは「その違いは、自ら行うか息子に任せるかの違いに過ぎなかった」と評しています。ユリウス2世自身も選挙での票の買収や、親族の枢機卿任命などを行っており、その行為は、現在では宗教的堕落ではなく、教皇の君主的側面と解釈されています。

ユリウス2世は、不屈の精神と政治的手腕により、同時代の政治家の中でも傑出した存在でした。戦争好きという評価もありますが、その一方で現代でも人気の高い教皇の一人です。特に、ユリウス2世を語る上で欠かせないのは、芸術の庇護者としての側面です。彼はブラマンテにサン・ピエトロ大聖堂の改築を依頼し、その礎石を置きました。また、発見された古代彫刻《ラオコーン》を買い取り、ヴァチカンに設置しました。さらに、ラファエロには「署名の間」と「ヘリオドロスの間」を、ミケランジェロにはシスティーナ礼拝堂の天井画を依頼するなど、西洋美術史上、他に例を見ないほどの貢献をしました。

ユリウス2世の生涯は、政治と軍事、そして芸術が交錯するルネサンス期の教皇の姿を象徴しています。彼の遺産は、今日でもローマの文化と芸術に大きな影響を与え続けています。

参考文献
石鍋真澄『教皇たちのローマ――ルネサンスとバロックの社会』平凡社、2020年。

関連項目
デッラ・ローヴェレ家、イタリア戦争、バチカンのスイス衛兵

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