ヨゼフ・レヴィーン

ヨーゼフ・レヴィーン

ヨーゼフ・レヴィーン（Josef Lhévinne, 1874年12月13日 - 1944年12月2日）は、ロシア帝国出身の著名なピアニストであり、傑出したピアノ教授でした。ユダヤ系の家系に生まれ、ロシア語名はヨシフ・アルカジエヴィチ・レヴィンといいます。

経歴

ウクライナで音楽家を多く輩出した家庭に生まれたレヴィーンは、若くしてその才能を認められ、モスクワ音楽院に進学しました。そこで彼は高名なワシーリー・サフォーノフのもとでピアノ演奏を深く学びました。彼の公の舞台でのデビューはわずか14歳の時。アントン・ルビンシテインという、彼自身が深く敬愛していた巨匠の指揮のもと、ベートーヴェンの荘厳な《ピアノ協奏曲 第5番＜皇帝＞》を演奏しました。この演奏は、彼の将来を予感させるものでした。1892年にモスクワ音楽院ピアノ科を卒業する際には、最高位である大金メダルを獲得するという輝かしい成績を収めました。この時の同級生には、後に音楽史に名を残すことになるアレクサンドル・スクリャービンやセルゲイ・ラフマニノフといった才能溢れる顔ぶれがいました。

1898年、レヴィーンは同窓生のピアニスト、ロジーナ・ベッシーと結ばれました。ロジーナ自身もまた、卒業時に大金メダルを得た優れた演奏家でした。結婚後、夫妻は生涯を通じて音楽活動を共にし、共同での演奏会も数多く開催しました。しかし、当時のロシアでは高まる反ユダヤ主義の風潮や、ロシア革命の前触れともいえる社会情勢の変化に直面します。この状況を避け、レヴィーン夫妻は1907年にベルリンへと移住しました。ベルリンでは、ヨーゼフ・レヴィーンは当時のヨーロッパにおける主要な名ピアニストの一人として、また影響力のあるピアノ教師として確固たる評価を確立しました。

第一次世界大戦が勃発すると、事態は急変します。レヴィーン夫妻は敵国の市民としてベルリンで身柄を拘束されてしまいます。さらに、1917年のロシア革命によって、ロシア国内の銀行に預けていた資産を全て失うという経済的な打撃を受けました。戦禍によって演奏活動もままならず、夫妻の生活は困窮を極めました。数年間、彼らはわずかな生徒からの謝礼に頼らざるを得ない困難な日々を送ったのです。

ようやく解放されたレヴィーン夫妻は、1919年にドイツを離れ、新天地アメリカ合衆国のニューヨーク・シティを目指しました。ニューヨークでは、著名なジュリアード音楽学校でピアノ指導にあたる傍ら、演奏家としての活動も精力的に行いました。ヨーゼフ・レヴィーンは、同時代の多くの名手たち、例えばホフマンやラフマニノフといった巨匠たちが、彼の技術を究極のものと評したにもかかわらず、一般大衆の間での知名度や商業的な成功という点では、他の同時代の偉大なピアニストたちに比べて控えめであったと言われています。これはおそらく、彼自身が演奏活動よりも教育に情熱を傾けるようになったためかもしれないと推測されています。彼は1924年に、『ピアノ演奏の基本原理』と題された簡潔な著作を発表しました。この書は今日でもピアノ教育における古典的な文献の一つと見なされています。レヴィーンの演奏活動と指導の日々は、1944年、70歳の誕生日を迎える直前に、ニューヨークで心臓発作に見舞われ急逝するまで続けられました。

音楽性と録音

ヨーゼフ・レヴィーンが残した録音はごくわずかで、主にアコースティック録音に限られています。しかし、それらの音源は、彼の技術的な完璧さと洗練された音楽表現が融合した、まさに驚嘆すべき演奏の記録となっています。特に、ショパンの《練習曲》作品25からの数曲や、アドルフ・シュルツ＝エヴラーが編曲したヨハン・シュトラウス2世の《美しき青きドナウ》といった演奏は、ピアニストたちの間で伝説的な演奏として語り継がれています。厳格な評価で知られる著名な音楽評論家、ハロルド・C・ショーンバーグは、レヴィーンの演奏を評して、「その音色は、あたかも共鳴し合う明けの明星のように輝かしく、その超絶技巧は、同じ時代の巨匠であるヨゼフ・ホフマンやラフマニノフと比較しても何ら劣るものではなく、そして、その音楽性は極めて繊細であった」と最大限の賛辞を送っています。

ロジーナ・レヴィーンとその遺産

ヨーゼフの死後も、妻ロジーナ・レヴィーンはジュリアード音楽学校で指導にあたり続けました。彼女は1976年に98歳で亡くなるまで、アメリカ合衆国におけるピアノ演奏と教育の分野で中心的な存在であり続け、数多くの優れたピアニストを育て上げました。彼女のもとで学んだ多くの弟子たちの中でも、特に世界的に知られているのは、ヴァン・クライバーン、ジョン・ブラウニング、ラルフ・ヴォタペック、ジェームズ・レヴァインといったピアニストたちです。日本人ピアニストの中村紘子も、ロジーナの門下生の一人です。ロジーナ自身も、戦後にショパン作品などの録音を残しており、その卓越した音楽性を今に伝えています。ヨーゼフ・レヴィーンは、その技巧と深い音楽性をもって、後世のピアニストや音楽教育に計り知れない影響を与えた偉大な芸術家であったと言えるでしょう。

もう一度検索