ヴァン・クライバーン

ヴァン・クライバーン：冷戦下を駆け抜けた伝説のピアニスト

ヴァン・クライバーン（Van Cliburn, 1934年7月12日 - 2013年2月27日）は、アメリカ合衆国ルイジアナ州シュリーブポート出身のピアニストです。本名はハーヴィー・ラヴァン・クライバーン・ジュニア（Harvey Lavan Cliburn Jr.）。

生い立ちと音楽への目覚め

6歳でテキサス州に移住したクライバーンは、幼少期から音楽の才能を発揮しました。12歳で州のコンクールに優勝し、ヒューストン交響楽団と共演。その後、名教師ロジーナ・レヴィーンに師事し、研鑽を積みました。

チャイコフスキー国際コンクールでの衝撃的な優勝

1958年、23歳の時、クライバーンは第1回チャイコフスキー国際コンクールで優勝を果たします。このコンクールは、ソ連が科学技術での優位性を誇示したスプートニク1号打ち上げに続き、芸術面での優位性を示すために企画されたものでした。クライバーンのチャイコフスキーピアノ協奏曲第1番とラフマニノフピアノ協奏曲第3番の演奏は聴衆を魅了し、8分間にも及ぶスタンディングオベーションが贈られました。審査員たちは、政治的緊張が高まる冷戦下、アメリカ人のクライバーンを優勝させるべきか、ソ連の最高指導者ニキータ・フルシチョフに確認を取りました。フルシチョフは「彼が一番なのか？」と問い、審査員が「そうだ」と答えると、「それならば賞を与えよ」と指示したと言われています。この優勝により、クライバーンは一躍アメリカの国民的英雄となりました。

審査員の一人であったスヴャトスラフ・リヒテルは、クライバーンに満点の25点をつけ、他の参加者全員に0点をつけたという逸話も残っています。優勝後の凱旋公演では、コンクール本選で指揮を担当したキリル・コンドラシンを帯同させました。

国際的な活躍と音楽的功績

クライバーンの優勝を記念して、1962年からヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールが開催されています。1966年には初来日も果たしました。

クライバーンは、1958年にキリル・コンドラシンの指揮でRCA交響楽団と録音したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は、全世界で100万枚以上を売り上げ、ビルボードのポップアルバムチャートで7週連続1位を獲得しました。これは、クラシック作品として唯一の快挙です。また、ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番も、ビルボードのポップアルバムチャートで最高10位を記録しました。

ブランクとカムバック、そして晩年

しかし、クライバーンは父とマネージャーの死によるショックから、1978年から長期間のブランクに入り、約8年間演奏活動を休止しました。1987年に復帰し、1989年にはモスクワへ、1991年には再来日を果たしましたが、ピアニストの中村紘子は「その演奏はもはや正面きってどうのこうの、といえるような対象ではありませんでした」と評し、彼の晩年を惜しみました。黒田恭一も、NHK-FMの番組でクライバーンの挫折について言及しています。

2003年に大統領自由勲章、2004年にはロシアの親善勲章を受章。2013年、骨癌のため死去しました。

代表的なディスコグラフィー

クライバーンは数多くの録音を残しており、以下はその一部です。

コンチェルト

チャイコフスキー：ピアノ協奏曲第1番（指揮：キリル・コンドラシン）
シューマン：ピアノ協奏曲（指揮：フリッツ・ライナー）
プロコフィエフ：ピアノ協奏曲第3番/マクダウェル：ピアノ協奏曲第2番（指揮：ウォルター・ヘンドル）
ラフマニノフ：ピアノ協奏曲第2番（指揮：フリッツ・ライナー）
ラフマニノフ：ピアノ協奏曲第3番/プロコフィエフ：ピアノ協奏曲第3番（指揮：キリル・コンドラシン、ウォルター・ヘンドル）
ブラームス：ピアノ協奏曲第2番（指揮：フリッツ・ライナー）
ブラームス：ピアノ協奏曲第1番（指揮：エーリヒ・ラインスドルフ）
ショパン：ピアノ協奏曲第1番（指揮：ユージン・オーマンディ）
リスト：ピアノ協奏曲第2番/ラフマニノフ：パガニーニの主題による狂詩曲（指揮：ユージン・オーマンディ）
ラフマニノフ：ピアノ協奏曲第2番/ベートーヴェン：ピアノ協奏曲第5番（指揮：フリッツ・ライナー）
ベートーヴェン：ピアノ協奏曲第4番、第5番（指揮：フリッツ・ライナー）
グリーグ：ピアノ協奏曲イ短調/リスト：ピアノ協奏曲第1番（指揮：ユージン・オーマンディ）

ソロ

ラフマニノフ：ピアノソナタ第2番（および前奏曲）
ショパン：ピアノソナタ第2番「葬送」/ピアノソナタ第3番
ベートーヴェン：ピアノソナタ第26番「告別」/モーツァルト：ピアノソナタ第10番
プロコフィエフ：ピアノソナタ第6番/バーバー：ピアノソナタ
ベートーヴェン：3大ピアノソナタ集
リスト：作品集
ドビュッシー：作品集
ショパン：作品集
世界のお気に入りピアノ音楽集
ロマンティックコレクション
アンコール集

参考文献

中村紘子 - 『チャイコフスキー・コンクール』 (新潮文庫)
中村紘子 - 『コンクールでお会いしましょう―名演に飽きた時代の原点』 (中公文庫)
中村紘子 - NHK人間講座 2003年-4・5月期 中村紘子 国際コンクールの光と影 (NHK出版)
吉澤ヴィルヘルム - 『ピアニストガイド』 (青弓社)

外部リンク

Van Cliburn Foundation
* ブルース・ダフィーによるインタビュー

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