ヨハン・テルデ

ヨハン・テルデと錬金術の謎

ヨハン・テルデ (Johann Thölde、1565年頃 - 1614年頃) は、16世紀ドイツで活躍した著述家です。彼の名を歴史に刻んだのは、錬金術に関する著作、特に『アンチモンの凱旋車 (TriumphWagen des Antimonii)』です。この書は、15世紀のベネディクト会修道士にして錬金術師とされるヴァシリウス・ヴァレンティヌス (Basilius Valentinus、1394 - ?) の作品として1604年に出版されました。

謎めいたヴァシリウス・ヴァレンティヌス

ヴァシリウス・ヴァレンティヌスは、エルフルトのベネディクト会修道院長、医師、そして錬金術師であったと伝えられています。彼の名は、ギリシャ語の「王 (Basileus)」とラテン語の「強大な」を組み合わせたものだと推測されています。興味深いことに、ヴァレンティヌスの著作は、彼の死後約100年後に、修道院の柱に落雷した際に発見されたという伝説が残されています。

しかしながら、この物語には疑問点が多く存在します。まず、エルフルトにそのような修道院が存在したという記録がない点です。さらに、ヴァシリウス・ヴァレンティヌスという人物が実際に存在したという確実な証拠は見つかっていません。彼の著作の中には、当時まだ知られていなかったアメリカ大陸に関する記述が含まれているなど、時代考証上の矛盾も指摘されています。これらのことから、現在では『アンチモンの凱旋車』を含むヴァシリウス・ヴァレンティヌスの著作は、テルデ自身によって創作された可能性が高いとされています。

錬金術用語「アゾート」

テルデの著作には、錬金術において重要な用語である「アゾート (Azoth)」が登場します。アゾートは、ラテン語のアルファベットA、ラテン文字のz、ギリシャ文字のo（オーメガ）、ヘブライ文字のth（サーウ、タヴ）を組み合わせた言葉です。これは、「始まりであり終わりである」という意味を持ち、東洋思想における「阿吽」に通じる概念と解釈されています。

テルデの他の著作

テルデの活動は『アンチモンの凱旋車』だけにとどまりません。彼は他にも多くの錬金術関連の書物を著しています。例えば、『太古の大いなる石 (Der grosse Stein der uralten Weisen)』(1599年)、『自然的事象と超自然的現象 (De naturalibus et supernaturalibus rebus)』(1603年)、『小宇宙の謎 (Das chymische Labyrinth oder der kleine Weltspiegel)』(1608年)、そして『最後の遺言 (Letztes Testament)』などです。これらの著作を通じて、テルデは当時の錬金術界に大きな影響を与えたと考えられています。

まとめ

ヨハン・テルデは、錬金術の歴史において重要な役割を果たした人物です。彼の著作は、当時の人々の世界観や思想を反映しており、現代においても錬金術研究において貴重な資料となっています。ヴァシリウス・ヴァレンティヌスの著作とされた作品群の真の作者がテルデであったと仮定するならば、彼は卓越した創造性と知識を兼ね備えた、謎多き著述家であったと言えるでしょう。彼の作品は、錬金術という神秘的な世界への理解を深める上で、貴重な手がかりを与えてくれます。また、彼の作品が後世の錬金術師や科学者たちに与えた影響も無視できません。彼の作品群を詳細に研究することは、16世紀の錬金術、ひいては科学史を理解する上で非常に重要です。

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