ライヴ・イヴル

マイルス・デイヴィス『ライヴ・イヴル』（Live-Evil）

1971年にリリースされたマイルス・デイヴィスの2枚組LPアルバム『ライヴ・イヴル』は、彼の音楽的な探求と変遷を捉えた極めて重要な作品の一つです。このアルバムは、エネルギーに満ちたライブパフォーマンスの記録と、綿密に作り込まれたスタジオセッションの音源を組み合わせるというユニークな構成を持っています。

ディスク1とディスク2にわたって収録されたこれらの音源は、大きく二つの異なる時期と環境で録音されました。

ライブ音源は、1970年 12月19日にワシントンD.C.にある有名なジャズクラブ、セラー・ドアで記録されました。この時のバンドは、マイルス・デイヴィス（トランペット）を筆頭に、ジョン・マクラフリン（エレクトリックギター）、ゲイリー・バーツ（ソプラノ・サックス、アルト・サックス）、キース・ジャレット（エレクトリックピアノ、オルガン）、マイケル・ヘンダーソン（エレクトリックベース）、ジャック・ディジョネット（ドラムス）、アイアート・モレイラ（パーカッション）という強力なメンバーで構成されていました。彼らの演奏は、当時のマイルスが追求していたジャズとロック、ファンクの境界線を曖昧にするエレクトリック・サウンドの真骨頂を示しており、特に「What I Say」や「Sivad」のような長尺のトラックでは、バンド全体の即興性とグルーヴが爆発的に展開されています。

一方、スタジオ録音は、ニューヨークのコロムビア・レコードのスタジオBで行われました。こちらのセッションには、ライブメンバーに加え、さらに多様なミュージシャンが参加しています。スティーヴ・グロスマンやウェイン・ショーターといったサックス奏者、そしてハービー・ハンコック、チック・コリア、ジョー・ザヴィヌル、キース・ジャレットといった複数のエレクトリックピアノ/オルガン奏者が名を連ねています。また、デイヴ・ホランドやロン・カーターがベースを、ジャック・ディジョネット、ビリー・コブハム、そしてエルメート・パスコアール（ドラムス、パーカッション、その他）がドラムスやパーカッションを担当しています。さらには、カリル・バラクリシュナによるエレクトリック・シタールも加わっており、スタジオならではの多彩なサウンドテクスチャと実験的なアプローチが特徴です。「Little Church」や「Nem Um Talvez」のような短い曲は、スタジオでの編集やオーバーダビングの可能性を示唆しており、一方「Inamorata and Narration by Conrad Roberts」のような26分を超えるトラックでは、スタジオ録音ながらも長時間の演奏と構成力が光ります。エルメート・パスコアールの参加とそのユニークなサウンドは、この時期のマイルスの音楽が持つ異文化的な要素やアヴァンギャルドな側面を際立たせています。

『ライヴ・イヴル』の音楽性は、当時のマイルスが推し進めていたエレクトリック・ジャズ、あるいはジャズ・ロックと呼ばれる潮流の中心に位置づけられます。ファンキーなリズム、ワウペダルやディストーションといったエフェクトを駆使した楽器のサウンド、そして自由奔放でスリリングな即興演奏が融合し、従来のジャズの枠を超えた革新的な音楽世界を提示しています。

商業的な評価としては、アメリカの権威ある音楽チャートであるBillboard 200において125位を記録しました。さらに特筆すべきは、ビルボード誌のジャズ・アルバム・チャートでは4位にランクインしたことで、ジャズのフィールドにおいてこの実験的な作品が大きな注目を集めたことを示しています。

アルバムのアートワークは、サイケデリックアートの分野で知られるマティ・クラーワインが担当しました。彼の独創的で視覚的なデザインは、アルバムの持つ幻想的かつ挑戦的な音楽性を反映しており、作品全体の印象を決定づける重要な要素となっています。

『ライヴ・イヴル』は、マイルス・デイヴィスが音楽的な可能性を追求し、常に変化し続けた彼のキャリアを理解する上で不可欠なアルバムです。ライブの生のエネルギーとスタジオの創造的な探求が融合したこの作品は、発表から半世紀以上を経た現在もなお、多くの音楽ファンや研究者にとって魅力的な探求の対象であり続けています。

収録曲

ディスク1

"Sivad" - 15:16
"Little Church" - 3:17
"Medley: Gemini/Double Image" - 5:56
"What I Say" - 21:12
"Nem Um Talvez" - 4:03

ディスク2

"Selim" - 2:15
"Funky Tonk" - 23:28
"Inamorata and Narration by Conrad Roberts" - 26:29

演奏メンバー

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