マイケル・ヘンダーソン

マイケル・ヘンダーソン (Michael Henderson, 1951年 7月7日 - 2022年 7月19日) は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したアメリカ合衆国の音楽家です。特にベーシスト、そしてボーカリストとして知られています。彼のキャリアは多岐にわたり、ジャズ、ソウル、ファンクといったジャンルにおいて、その革新性と影響力により重要な足跡を残しました。

経歴

ヘンダーソンの名が広く知られるようになったのは、1970年代初頭、伝説的なジャズトランペッター、マイルス・デイヴィスのバンドに参加したことによります。デイヴィスがジャズの領域を広げ、エレクトリック楽器を大胆に導入した、いわゆる「エレクトリック・ジャズ期」を彼はその革新的なベースプレイで支えました。この時期に録音されたアルバム、『ジャック・ジョンソン』、『ライヴ・イヴル』、『パンゲア』といった作品は、後のフュージョンと呼ばれるジャンルの礎ともなり、その中でもヘンダーソンの演奏は核となる要素を担っていました。

彼は1970年代におけるエレクトリック・ベースの先駆者の一人であり、その影響力はジャズにとどまらず、ソウルミュージック界においても広く認められています。マイルス・デイヴィス以外にも、マーヴィン・ゲイ、アレサ・フランクリン、スティーヴィー・ワンダー、ドラマティクス、ドクター・ジョンといった錚々たるアーティストたちのレコーディングやライブに参加し、その卓越した演奏技術と音楽センスを発揮しました。

ベーシストとしてのヘンダーソンは、モータウンサウンドを代表する偉大なベーシスト、ジェームス・ジェマーソンやボブ・バビットと並び称される存在です。彼らのように、シンプルながらもグルーヴ感に満ちた、楽曲の根幹を支えるベースラインは多くの音楽家から尊敬を集めています。

マイルス・デイヴィスのバンドに参加する前、ヘンダーソンはスティーヴィー・ワンダーのツアーミュージシャンとして活動していました。シカゴのリーガル劇場でのリハーサル中にワンダーと出会い、彼のバンドに加入します。その後、ニューヨーク市のコパカバーナでヘンダーソンが演奏しているのをマイルス・デイヴィスが見かけ、「その素晴らしいベーシストを私のバンドに迎えたい」とワンダーに直接伝えたというエピソードは、ヘンダーソンの才能が早くから認められていたことを示しています。

マイルス・デイヴィスと約7年間活動を共にした後、ヘンダーソンはソロアーティストとしてのキャリアをスタートさせます。この頃から彼はベーシストとしてだけでなく、作詞作曲家、そしてボーカリストとしての才能を開花させていきます。アリスタ・レコードからリリースされた彼のソロ作品は、多くのヒット曲を生み出し、特にバラード曲で人気を博しました。しかし、彼は同時に影響力のあるファンクミュージシャンでもあり、そのファンキーなベースリフや歌声は、後世の多くのアーティストによってカバーされたり、サンプリングされたりしています。

彼のソロアルバムは、累計で百万枚を超えるセールスを記録しました。中でもアルバム『ワイド・レシーヴァー』に収録されている同名タイトル曲は、そのリズミカルなサウンドがブレイクダンスのパフォーマーたちに特に好まれ、アンセム的な存在となりました。この楽曲は、後にリリースされたコンピレーションアルバム『マイケル・ヘンダーソン・ベスト』にも収録されています。また、ノーマン・コナーズのヒット曲「あなたは私の宇宙船」や、コナーズとジーン・カーンが共演した「ヴァレンタイン・ラブ」といったバラード曲にボーカリストとして参加し、その甘くソウルフルな歌声でこれらの楽曲を成功に導きました。

影響

マイケル・ヘンダーソンの音楽は、特にベースラインとボーカルにおいて、その後の音楽シーンに多大な影響を与えました。彼の生み出した太く深みのあるグルーヴは、モータウンサウンドを志向する多くのベーシストたちに模倣されました。また、「ヴァレンタイン・ラブ」や「あなたは私の宇宙船」といった代表曲のベースリフやメロディーは、スヌープ・ドッグやLL・クール・Jといったヒップホップアーティストによってサンプリングされ、新たな形で生まれ変わりました。さらに、彼の歌声や楽曲も、ジェイ・Zのアルバム『アメリカン・ギャングスター』やエミネムの映画『8 Mile』のサウンドトラックなどでサンプリングやカバーとして使用されています。ノトーリアス・B.I.G.、リック・ジェームス、ウェイマン・ティスデイル、シュガー・レイなど、ジャンルを超えた様々なアーティストたちの作品にも彼の音楽からの引用が見られます。

晩年も彼はアメリカ合衆国で音楽活動を続け、自身のソロ時代の楽曲や、影響を受けた他のモータウン、ソウルアーティストの楽曲を演奏するライブを行うことがありました。かつてマイルス・デイヴィスのエレクトリック・バンドで共に演奏したメンバーとの再会コンサートにも参加し、往年のファンを喜ばせました。

死去

マイケル・ヘンダーソンは、2022年 7月19日、ジョージア州アトランタの自宅にて71歳でその生涯を閉じました。死去の約2週間前には、原因不明の体調不良によりアトランタ市内の病院に入院していました。彼の死は、長年にわたりジャズ、ソウル、ファンクといった様々なジャンルで活躍し、多大な影響を与えた一人の偉大な音楽家の旅立ちとして、多くのファンや音楽家たちに悼まれました。

ディスコグラフィ (一部抜粋)

リーダー・アルバム

『ソリッド』(Solid, 1976)
『ゴーイン・プレイシズ』(Goin' Places, 1977)
『イン・ザ・ナイトタイム』(In The Night Time, 1978)
『ドゥ・イット・オール』(Do It All, 1979)
『ワイド・レシーヴァー』(Wide Receiver, 1980)
『スリング・ショット』(Slingshot, 1981)
『フィックル』(Fickle, 1983)
『ベッドタイム・ストーリー』(Bedtime Stories, 1986)

マイルス・デイヴィス参加アルバム

『ジャック・ジョンソン』(A Tribute to Jack Johnson, 1970)
『ライヴ・イヴル』(Live=Evil, 1970-1971)
『オン・ザ・コーナー』(On the Corner, 1972)
『アガルタ』(Agharta, 1975)
* 『パンゲア』(Pangaea, 1975)

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