ラウラ・トスカーノ
イタリアの脚本家、そして小説家として、その多才な筆致でイタリアの大衆文化に大きな足跡を残したラウラ・トスカーノは、1944年4月1日にジェノヴァに生まれました。2009年3月11日に惜しまれつつ世を去るまで、彼女は特にホラー小説の分野で「恐怖の女王」として名を馳せ、同時に夫である脚本家、小説家、ドキュメンタリー映画監督のフランコ・マロッタと共に、数々の映画やテレビドラマの脚本を手掛けることで、映像の世界でも重要な役割を果たしました。日本での紹介作は少ないものの、イタリア本国ではその貢献が高く評価されています。
ジェノヴァでの幼少期を経てローマへ移住したトスカーノは、ローマ・ラ・サピエンツァ大学で文学とジャーナリズムを深く学びました。その学生時代にあたる1963年、彼女の創作活動は本格的に始まります。プロデューサーのマルコ・ヴィカリオらが中心となって創刊されたペーパーバック叢書「I capolavori della serie KKK, classici dell'orrore（KKKホラー・クラシックス）」は、フランスの怪奇小説レーベル「アンゴワス叢書」（Angoisse）に触発されたイタリア独自のホラー文庫でした。この叢書は、アントニオ・マルゲリーティ監督の映画『顔のない殺人鬼』（1963）の原作小説を刊行したことで知られ、同時期に設立された「ドラキュラ文庫」（I racconti di Dracula）と競い合いながら、イタリアにおける怪奇小説ブームを牽引しました。
1963年から1972年にかけて、トスカーノはこのKKKホラー・クラシックス叢書で、猟奇殺人、吸血鬼譚、悪霊、魔女、中世の拷問といった、当時の読者の好奇心と恐怖心を刺激する多様なテーマのスリラーを精力的に発表しました。彼女はイタリアにおけるホラー小説の第一人者と見なされ、同じKKK叢書で活躍したレオニア・チェッリ、マリア・ルイーザ・ピアッツァ、マッダレーナ・グイらと共に、畏敬の念を込めて「恐怖の女王」と呼ばれました。KKK叢書では、イタリア人作家のオリジナル作品を英米仏文学からの翻訳であるかのように見せかける販売戦略が取られており、トスカーノも例外なく複数のアングロサクソン風ペンネームを用いました。中には、先に作家活動を辞めたマッダレーナ・グイからペンネーム「フランク・ボガート」を譲り受けて使用するというユニークな例もありました。
興味深いことに、このKKKホラー・クラシックス叢書の編集部には、後にイタリアン・ホラー/スリラー映画の巨匠となる若きダリオ・アルジェントが在籍していました。アルジェントが動物の名前を冠した初期のジャッロ映画でブームを巻き起こしたのと同時期（1969～1971年）、トスカーノもまた『蛇の穴』（″La fossa dei serpenti″）『コブラの咬み跡』『九尾の猫』（″Il gatto a 9 code″）など、動物の名を冠したスリラー小説を数多く執筆しています。アルジェントの『歓びの毒牙』（1969）に影響を受けたとされる『カミソリの刃』（″Sul filo del rasoio″）は、黒い手袋とコートを纏った連続殺人鬼が登場する、典型的なジャッロのスタイルを取り入れた作品であり、トスカーノの代表作の一つに挙げられています。また、チャールズ・マンソン事件やナルシソ・イバニェス・セラドール監督の映画『象牙色のアイドル』（1969）など、当時の社会的な事件や他の作品からの影響も見られます。
私生活では、同じく作家で脚本家のフランコ・マロッタと結婚。1969年から1972年にかけて、二人はKKKホラー・クラシックス叢書で10数冊のホラー小説を共同で執筆しました。特に合作サイコ・スリラー『発作』（″Parossismo″）は、同叢書の最高傑作の一つと評価されています。アルプス山中の民宿を舞台に、失踪した宿泊客の残した手記から、死体愛好家による連続殺人と、その手記を読んだ隣人が第二の殺人鬼へと変貌していく過程が明かされるという複雑な構成は、イタリア怪奇小説の研究者から高く評価されています。また、合作『蝋人形』（″La bambora di cera″）は、マッシモ・ダラマーノ監督の同年の映画『ソランジェ/残酷なメルヘン』（1972）とテーマの類似性が指摘され、これがきっかけでダラマーノ監督はトスカーノ夫妻にホラー映画『ナイトチャイルド』（1975）の脚本執筆を依頼することになります。
映像の世界における彼女のキャリアは、1968年にアディマロ・サーラ監督の映画″È stato bello amarti″で脚本家、助監督として始まったと言えます。1973年までサーラ監督作品に携わった後、1975年の『ナイトチャイルド』を皮切りに、夫マロッタとの共同脚本が活動の中心となりました。二人の共同作業は実を結び、エンツォ・G・カステラーリ監督の戦争アクション大作『地獄のバスターズ』（1978）は、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』（2009）の原案となるなど、後世に大きな影響を与えました。また、ダミアーノ・ダミアーニ監督による社会派サスペンス『実録マフィア戦争/暗黒の首領』（1985）はベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得するなど、芸術的な評価も高く得ました。1970年代から80年代にかけては、ルチオ・フルチ、パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ、マルコ・ヴィカリオといったイタリアを代表する監督たちの作品の脚本も手掛けています。
1980年代末からは、テレビドラマの脚本執筆に軸足を移します。コメディ、ミステリー、歴史ドラマなど、その守備範囲は広く、手掛けた作品の多くが高い評価を受けました。中でも、俳優ジジ・プロイエッティが主演したユーモア・ミステリー・ドラマ″Il maresciallo Rocca″シリーズは、1996年から2008年まで10年以上にわたり夫妻で脚本を担当し、イタリアで絶大な人気を博しました。トスカーノはこの人気ドラマのノベライズも手掛けています。その他にも″La bugiarda″（1989）、″Isabella la ladra″（1989）、″Delitti privati″（1993）、″A che punto è la notte″（1994）、″L'avvocato Porta″（1997）、″La casa bruciata″（1998）、″La tassista″（2004）、″Angela″（2005）、″I figli strappati″（2006）など、ヨーロッパ各国で評価された多数のTVドラマの脚本を執筆しました。
夫との共同脚本作業やKKK叢書での活動の傍ら、トスカーノは単独でも推理小説やユーモア小説を発表し続けました。1996年に発表した推理小説″Morte di una strega″はテレビドラマ化されています。小説家、脚本家として、多岐にわたるジャンルで才能を発揮し、夫とのクリエイティブなパートナーシップを通じてイタリアの大衆文学および映像界に多大な貢献を果たしたラウラ・トスカーノは、2009年に64歳でその波乱に富んだ生涯を閉じました。彼女の作品は、今なお多くの読者や視聴者に影響を与え続けています。
ジェノヴァでの幼少期を経てローマへ移住したトスカーノは、ローマ・ラ・サピエンツァ大学で文学とジャーナリズムを深く学びました。その学生時代にあたる1963年、彼女の創作活動は本格的に始まります。プロデューサーのマルコ・ヴィカリオらが中心となって創刊されたペーパーバック叢書「I capolavori della serie KKK, classici dell'orrore（KKKホラー・クラシックス）」は、フランスの怪奇小説レーベル「アンゴワス叢書」（Angoisse）に触発されたイタリア独自のホラー文庫でした。この叢書は、アントニオ・マルゲリーティ監督の映画『顔のない殺人鬼』（1963）の原作小説を刊行したことで知られ、同時期に設立された「ドラキュラ文庫」（I racconti di Dracula）と競い合いながら、イタリアにおける怪奇小説ブームを牽引しました。
1963年から1972年にかけて、トスカーノはこのKKKホラー・クラシックス叢書で、猟奇殺人、吸血鬼譚、悪霊、魔女、中世の拷問といった、当時の読者の好奇心と恐怖心を刺激する多様なテーマのスリラーを精力的に発表しました。彼女はイタリアにおけるホラー小説の第一人者と見なされ、同じKKK叢書で活躍したレオニア・チェッリ、マリア・ルイーザ・ピアッツァ、マッダレーナ・グイらと共に、畏敬の念を込めて「恐怖の女王」と呼ばれました。KKK叢書では、イタリア人作家のオリジナル作品を英米仏文学からの翻訳であるかのように見せかける販売戦略が取られており、トスカーノも例外なく複数のアングロサクソン風ペンネームを用いました。中には、先に作家活動を辞めたマッダレーナ・グイからペンネーム「フランク・ボガート」を譲り受けて使用するというユニークな例もありました。
興味深いことに、このKKKホラー・クラシックス叢書の編集部には、後にイタリアン・ホラー/スリラー映画の巨匠となる若きダリオ・アルジェントが在籍していました。アルジェントが動物の名前を冠した初期のジャッロ映画でブームを巻き起こしたのと同時期（1969～1971年）、トスカーノもまた『蛇の穴』（″La fossa dei serpenti″）『コブラの咬み跡』『九尾の猫』（″Il gatto a 9 code″）など、動物の名を冠したスリラー小説を数多く執筆しています。アルジェントの『歓びの毒牙』（1969）に影響を受けたとされる『カミソリの刃』（″Sul filo del rasoio″）は、黒い手袋とコートを纏った連続殺人鬼が登場する、典型的なジャッロのスタイルを取り入れた作品であり、トスカーノの代表作の一つに挙げられています。また、チャールズ・マンソン事件やナルシソ・イバニェス・セラドール監督の映画『象牙色のアイドル』（1969）など、当時の社会的な事件や他の作品からの影響も見られます。
私生活では、同じく作家で脚本家のフランコ・マロッタと結婚。1969年から1972年にかけて、二人はKKKホラー・クラシックス叢書で10数冊のホラー小説を共同で執筆しました。特に合作サイコ・スリラー『発作』（″Parossismo″）は、同叢書の最高傑作の一つと評価されています。アルプス山中の民宿を舞台に、失踪した宿泊客の残した手記から、死体愛好家による連続殺人と、その手記を読んだ隣人が第二の殺人鬼へと変貌していく過程が明かされるという複雑な構成は、イタリア怪奇小説の研究者から高く評価されています。また、合作『蝋人形』（″La bambora di cera″）は、マッシモ・ダラマーノ監督の同年の映画『ソランジェ/残酷なメルヘン』（1972）とテーマの類似性が指摘され、これがきっかけでダラマーノ監督はトスカーノ夫妻にホラー映画『ナイトチャイルド』（1975）の脚本執筆を依頼することになります。
映像の世界における彼女のキャリアは、1968年にアディマロ・サーラ監督の映画″È stato bello amarti″で脚本家、助監督として始まったと言えます。1973年までサーラ監督作品に携わった後、1975年の『ナイトチャイルド』を皮切りに、夫マロッタとの共同脚本が活動の中心となりました。二人の共同作業は実を結び、エンツォ・G・カステラーリ監督の戦争アクション大作『地獄のバスターズ』（1978）は、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』（2009）の原案となるなど、後世に大きな影響を与えました。また、ダミアーノ・ダミアーニ監督による社会派サスペンス『実録マフィア戦争/暗黒の首領』（1985）はベルリン国際映画祭で銀熊賞を獲得するなど、芸術的な評価も高く得ました。1970年代から80年代にかけては、ルチオ・フルチ、パスクァーレ・フェスタ・カンパニーレ、マルコ・ヴィカリオといったイタリアを代表する監督たちの作品の脚本も手掛けています。
1980年代末からは、テレビドラマの脚本執筆に軸足を移します。コメディ、ミステリー、歴史ドラマなど、その守備範囲は広く、手掛けた作品の多くが高い評価を受けました。中でも、俳優ジジ・プロイエッティが主演したユーモア・ミステリー・ドラマ″Il maresciallo Rocca″シリーズは、1996年から2008年まで10年以上にわたり夫妻で脚本を担当し、イタリアで絶大な人気を博しました。トスカーノはこの人気ドラマのノベライズも手掛けています。その他にも″La bugiarda″（1989）、″Isabella la ladra″（1989）、″Delitti privati″（1993）、″A che punto è la notte″（1994）、″L'avvocato Porta″（1997）、″La casa bruciata″（1998）、″La tassista″（2004）、″Angela″（2005）、″I figli strappati″（2006）など、ヨーロッパ各国で評価された多数のTVドラマの脚本を執筆しました。
夫との共同脚本作業やKKK叢書での活動の傍ら、トスカーノは単独でも推理小説やユーモア小説を発表し続けました。1996年に発表した推理小説″Morte di una strega″はテレビドラマ化されています。小説家、脚本家として、多岐にわたるジャンルで才能を発揮し、夫とのクリエイティブなパートナーシップを通じてイタリアの大衆文学および映像界に多大な貢献を果たしたラウラ・トスカーノは、2009年に64歳でその波乱に富んだ生涯を閉じました。彼女の作品は、今なお多くの読者や視聴者に影響を与え続けています。
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