ラクトコッカス属

ラクトコッカス属 (Lactococcus)

ラクトコッカス属（学名: Lactococcus）は、主にホモ乳酸発酵によってエネルギーを獲得する一群の細菌から構成される属です。分類学的には、ストレプトコッカス科に属するグラム陽性の細菌として位置づけられています。かつてはストレプトコッカス属の一部とされていましたが、遺伝子解析などの分子生物学的な手法を用いた研究の進展により、独立した属として再定義されました。細胞の形態は球状であり、しばしば短い鎖状に連なって見られます。これらの細菌は、増殖に適さない厳しい環境条件下でも生存するための耐久構造である芽胞を形成せず、また、自ら移動するための運動器官（べん毛など）も持ちません。乳酸菌のグループの中でも、球状の形態を持つことから「乳酸球菌」と呼ばれますが、ラクトコッカス属はその中でも特に代表的な存在の一つです。

生態と食品産業での利用

ラクトコッカス属の細菌は、土壌や植物の表面、水環境など、自然界の多様な場所に広く生息しています。特に重要な生息場所として知られているのが、乳製品の製造環境です。ヨーグルトや様々な種類のチーズといった伝統的な乳酸発酵食品の製造プロセスにおいては、これらの細菌が発酵スターター培養菌として欠かせない役割を果たしています。ラクトコッカス菌が乳に含まれる糖類（主に乳糖）を発酵することで大量の乳酸が産生され、これが食品に独特の爽やかな酸味や風味を与え、組織の物性を変化させると同時に、pHを低下させることで他の腐敗菌や病原菌の増殖を抑制し、食品の保存性を高めます。比較的幅広いpH値や塩分濃度に対する耐性を持っていることも、多様な食品環境での生育や利用を可能にしています。

重要な種とナイシン産生

ラクトコッカス属の中でも、最も広く研究され、産業的にも重要な役割を担っているのは、この属の基準種であるLactococcus lactisです。L. lactisには複数の亜種が存在し、それぞれが特定の乳製品製造や機能性発現において利用されています。例えば、L. lactis subsp. lactis や L. lactis subsp. cremoris は、チーズやヨーグルト製造における主要なスターター菌として世界中で活用されています。

Lactococcus lactisが糖類を発酵する際に示す特筆すべき機能の一つに、ナイシン（Nisin）と呼ばれる天然の抗菌物質を産生する能力があります。ナイシンは、細菌が産生する抗菌性のペプチドであるバクテリオシンの一種であり、特にL. lactis subsp. lactisの一部の株によって生産されます。

ナイシンの抗菌作用と応用

ナイシンは、非常に効果的な抗菌ペプチドであり、特に多くの種類のグラム陽性菌に対して強い増殖抑制作用または殺菌作用を示します。その作用機序は、細菌の細胞膜に結合して孔（ポア）を形成し、細胞の重要な成分が外部に漏れ出すことによって細菌を死滅させるというものです。ナイシンの抗菌スペクトルは広範囲に及び、乳酸菌以外の様々なグラム陽性菌、例えば食品の変敗を引き起こす可能性のある芽胞形成菌（ウェルシュ菌や枯草菌など）や、食品安全上の大きな懸念である食中毒菌、特に重篤な感染症を引き起こす可能性のあるListeria monocytogenes（リステリア・モノサイトゲネス）に対しても有効であることが確認されています。

この強力な抗菌作用を持つナイシンは、その安全性が世界保健機関（WHO）や国際連合食糧農業機関（FAO）によって評価され、多くの国で食品添加物（保存料）として使用が認可されています。プロセスチーズ、ナチュラルチーズ、様々な食肉加工品、魚介類加工品、缶詰製品、低酸性飲料など、多岐にわたる食品への利用が進められています。ナイシンを添加することにより、食品中での微生物の増殖を効果的に抑制し、製品の品質を長期間維持することが可能となり、食品の保存期間（賞味期限や消費期限）の延長、食品ロスの削減、そして食の安全性の向上に貢献しています。天然由来の抗菌物質であるという点も、近年の消費者の自然志向や健康志向と合致し、注目を集めています。

分類

ラクトコッカス属には、現在までに以下の種や亜種を含む、いくつかのメンバーが知られています。

Lactococcus lactis（基準種）
Lactococcus lactis subsp. cremoris
Lactococcus lactis subsp. hordniae
Lactococcus lactis subsp. lactis（基亜種）
Lactococcus chungangensis
Lactococcus garvieae
Lactococcus piscium
Lactococcus plantarum
Lactococcus raffinolactis
ほか、現在までに報告されている約6種

関連事項

ラクトコッカス属に関連する事項として、例えば魚類の疾病であるブリ連鎖球菌症などが挙げられます。

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