ラルフ・カークパトリック

ラルフ・カークパトリック（Ralph Kirkpatrick, 1911年6月10日 - 1984年4月13日）は、20世紀アメリカを代表する音楽家であり、音楽学者、そしてチェンバロ奏者です。

ハーヴァード大学で記譜法とピアノ演奏を修めた後、彼はさらなる研鑽のためにヨーロッパ各地へと旅立ちました。パリではナディア・ブーランジェとワンダ・ランドフスカという、当時の音楽界で影響力を持っていた二人の師に師事し、その後もイギリスでアーノルド・ドルメッチ、ベルリンでハインツ・ティーセン、ライプツィヒでギュンター・ラミンから指導を受けるなど、幅広い音楽的背景を持つ師事歴は、彼の多角的な活動の基盤となりました。

教育者としても活動し、1933年から1934年にかけてはザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭を執りました。そして1940年からは、アメリカの名門イェール大学の教授に就任し、長期にわたり教育研究に携わりました。

カークパトリックの最も記念碑的な業績の一つは、イタリアの作曲家ドメニコ・スカルラッティに関する研究です。1953年には、スカルラッティの評伝と、彼のチェンバロ・ソナタから60曲を選定・校訂した原典批判版を出版しました。この研究書の中で用いられたソナタの付番方式「カークパトリック番号」（Kk.に続く数字で表記）は、現在でもスカルラッティのチェンバロ・ソナタを特定する際の標準的な付番方式として広く用いられています。この他にも、スカルラッティのソナタにはジュゼッペ・ロンゴによる「ロンゴ番号」（L.に続く数字）も存在しますが、カークパトリック番号はその精密さと学術的貢献から特に重要視されています。

演奏家としても目覚ましい活躍を見せ、多くの録音を残しています。特に、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの鍵盤楽曲や、自ら深く研究したスカルラッティの作品演奏は高く評価されました。チェンバロだけでなく、クラヴィコードを用いたバッハの《インベンションとシンフォニア》全曲録音や、フォルテピアノによるモーツァルト作品集なども名高い録音として知られており、古楽器に対する深い理解と探求心を示しました。バッハの演奏解釈に関する著書『平均律クラヴィーアの演奏解釈』も重要な文献となっています。

カークパトリックは単に古楽の演奏や研究に留まらず、チェンバロのために書かれた近現代音楽の擁護者でもありました。彼は積極的に現代作品をレパートリーに取り入れ、演奏活動を通じて紹介しました。レパートリーには、クインシー・ポーターの《ハープシコード協奏曲》、ダリユス・ミヨーの《ヴァイオリンとクラヴサンのためのソナタ》、そして作曲者エリオット・カーター自身から献呈された《ハープシコード、ピアノと室内オーケストラのための協奏曲》などが含まれ、古楽と現代音楽を結ぶ存在として重要な役割を果たしました。

ラルフ・カークパトリックは、1984年4月13日、コネチカット州ギルフォードでその生涯を終えました。彼のスカルラッティ研究、古楽器演奏における業績、そして現代音楽への貢献は、後世の音楽研究者や演奏家に大きな影響を与えています。死後には、彼の手紙をまとめた『ラルフ・カークパトリック：アメリカのチェンバロ奏者・音楽学者の手紙』が出版され、その生涯と思索の一端が知られることとなりました。

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