リシン (毒物)

リシン（Ricin）とは

リシンは、トウゴマ（ヒマ）の種子に含まれる有毒なタンパク質です。1888年にエストニアの科学者ペター・ヘルマン・スティルマルクによって発見されました。リシンは非常に強力な毒性を持ち、ごく少量でも人体に深刻な影響を与える可能性があります。

リシンの毒性

リシンは、人体に対して非常に強い毒性を持つ物質です。推定される最低致死量は、体重1kgあたり0.03mgとされています。リシンは、細胞内のタンパク質合成を阻害することで毒性を発揮します。具体的には、リシン分子のBサブユニットが細胞表面の受容体に結合し、Aサブユニットを細胞内に侵入させます。このAサブユニットは、リボソーム内で重要な役割を果たす28S rRNAを切断する酵素として機能し、タンパク質合成を停止させます。この作用は、腸管出血性大腸菌や赤痢菌が産生するベロ毒素と同じです。

リシンは、経口摂取よりも非経口投与（注射など）の方が毒性が強いとされていますが、非経口投与の場合の致死量に関する正確なデータは不足しています。また、リシンはタンパク質であるにもかかわらず、胃液や膵液によって分解されにくい性質を持っています。過去には、リシンをエアロゾル化して化学兵器として使用された事例もあります。

リシンの解毒

現在、リシンに対する実用的な解毒剤は存在しません。しかし、リシンの毒性を予防するワクチンに関する研究は進められています。2004年には、米テキサス大学で開発されたワクチンの臨床試験がFDAの認可を受け、2006年にはその予防効果が確認されました。また、2007年には、リシン、コレラ毒素、ベロ毒素の吸収を阻害する分子構造が発見され、さらなる治療法の開発につながることが期待されています。

リシンの構造

リシンは、糖鎖を持つ糖タンパク質の一種です。リシン分子は、以下の2つのサブユニットから構成されています。

Ricin A chain (RTA): 267個のアミノ酸残基からなるAサブユニット。これはrRNA-N-グリコシラーゼ酵素として機能し、リボソームの28S rRNAを切断します。
Ricin B chain (RTB): 262個のアミノ酸残基からなるBサブユニット。このサブユニットは、細胞表面の受容体に結合するための糖鎖を持っています。

RTAとRTBは、ジスルフィド結合によって連結されています。

リシンに関連する事件

リシンは、その強力な毒性から、過去に暗殺やテロに利用された事例がいくつか存在します。

1978年9月：ブルガリアの作家ゲオルギー・マルコフが、傘に偽装された空気銃から発射されたリシン入りの弾丸によって暗殺されました。これは、KGBまたはブルガリア秘密警察による犯行とされています。
2003年3月：パチンコ・スロット機メーカーの元社長、岡田友生が、自作したリシンを注射して自殺しました。
2003年11月：ホワイトハウス宛の手紙にリシンが封入された事件が発生しました。この手紙は、ホワイトハウスから離れた郵便物取扱施設で発見されました。
2013年4月：バラク・オバマ大統領宛の手紙にリシンが混入されていた事件が発生しました。この手紙も、郵便物仕分け施設で発見されています。
2013年5月：ニューヨーク市長宛の手紙からもリシンが検出されました。この事件では、テキサス州の女性が逮捕されています。
2015年11月：別居中の夫の焼酎にリシンを混ぜたとして、妻が殺人未遂の疑いで逮捕されました。
2018年10月：アメリカ国防総省に送られた封筒からリシンが検出された事件が発生しました。この事件では、元海軍軍人が逮捕されましたが、封筒に入っていたのはリシンではなく、トウゴマの実を含む成分だったことが後に判明しました。
2020年9月：トランプ大統領宛の郵便物からリシンが検出され、カナダ人の女性が逮捕されました。
2021年7月：同僚男性の水筒にリシンを混入させたとして、元会社員の女性が起訴されました。

これらの事件は、リシンの危険性と、その入手・使用を厳重に管理する必要性を改めて浮き彫りにしています。

まとめ

リシンは、トウゴマの種子に含まれる非常に強力な毒素です。タンパク質合成を阻害することで細胞にダメージを与え、ごく少量でも人体に深刻な影響を及ぼす可能性があります。現在、実用的な解毒剤は存在しませんが、ワクチン開発やリシンの吸収を阻害する分子構造の発見など、治療法の開発に向けた研究が進められています。リシンは、過去に暗殺やテロに利用された事例もあり、その危険性から厳重な管理が必要とされています。

参考文献

横浜市衛生研究所 > 横浜市感染症情報センター > リシン毒素について
* 蛋白質構造データバンク 今月の分子161:リシン（Ricin）

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