リチア・アルバネーゼ

イタリアが生んだ、20世紀オペラ界を代表するソプラノ歌手、リチア・アルバネーゼ（1909年 7月22日 - 2014年 8月15日）は、その輝かしい歌声と演技で世界中の聴衆を魅了しました。南イタリアのバーリに生まれた彼女は、まず故郷でエマヌエーレ・デ・ローザに、次いでミラノでジュゼッピーナ・バルダザーレ＝テデスキのもとで声楽の研鑽を積みました。

彼女のオペラ歌手としての第一歩は、1934年、ミラノのリリコ劇場でのことでした。ジャコモ・プッチーニの傑作オペラ『蝶々夫人』のタイトルロール、蝶々さんとして舞台に立った彼女は、その才能を高く評価され、キャリアの出発点としました。この役は、その後の彼女の代名詞の一つとなります。

イタリアでの成功を経て、アルバネーゼはすぐに国際的な舞台へと活躍の場を広げます。1937年にはロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場に招かれ、プッチーニの『トゥーランドット』でリュー役、ジュゼッペ・ヴェルディの『ファルスタッフ』でナンネッタ役を歌いました。翌1938年にはフィレンツェ五月音楽祭に出演するなど、ヨーロッパ各地の主要な歌劇場でその実力を示しました。

第二次世界大戦期から戦後にかけての約20年間、1940年から1960年にかけては、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場が彼女の主な活動拠点となりました。このメットでの時期は、まさにアルバネーゼのキャリアにおける黄金期であり、彼女はプッチーニやヴェルディを中心に、数多くのオペラのプリマドンナとして絶大な人気を博しました。特に、メトロポリタン歌劇場の歴史において、彼女は『蝶々夫人』の蝶々さん役を約90回、『ラ・ボエーム』のミミ役を約72回歌うなど、これらの役柄のスペシャリストとして広く認識されました。

メット時代において特筆すべきは、伝説的な指揮者アルトゥーロ・トスカニーニとの緊密な関係です。トスカニーニはアルバネーゼの才能を高く評価し、彼がNBC交響楽団と行った歴史的なオペラ全曲録音、特に1946年のプッチーニ『ラ・ボエーム』やヴェルディ『椿姫』では、主要なソリストとして彼女を起用しました。これらの録音は、アルバネーゼのクリアで豊かな声質と、情感豊かな表現力を今に伝える貴重な遺産となっています。

彼女のレパートリーは非常に幅広く、プッチーニ、ヴェルディ作品の他にも、モーツァルトの『フィガロの結婚』（スザンナ、伯爵夫人）、ビゼーの『カルメン』（ミカエラ）、グノーの『ファウスト』（マルグリート）、レオンカヴァッロの『道化師』（ネッダ）、ドニゼッティの『ドン・パスクワーレ』（ノリーナ）など、多岐にわたります。それぞれの役柄において、彼女は深い洞察力と卓越した歌唱技術をもって登場人物の感情を見事に描き出しました。

録音活動も活発に行われ、トスカニーニとのセッション以外にも、フリッツ・ライナー指揮による『カルメン』全曲（ミカエラ）、イオネル・ペルレア指揮、ユッシ・ビョルリング共演によるプッチーニ『マノン・レスコー』全曲など、多くの名録音を残しています。これらの録音は、彼女の歌声が持つ魅力と、共演者たちとの素晴らしいアンサンブルを後世に伝えています。

1970年代に第一線から退いた後も、アルバネーゼはオペラ界への貢献を続けました。1974年には、若手オペラ歌手、作曲家、演出家、演奏家といったオペラ関係者を支援するための「リチア・アルバネーゼ＝プッチーニ財団」を設立し、後進の育成とオペラの振興に尽力しました。

その長年にわたる輝かしい功績は高く評価され、1995年には当時のアメリカ合衆国大統領ビル・クリントンからアメリカ国民芸術勲章が贈られました。これはアメリカの芸術分野における最高栄誉の一つです。さらに2000年には、ニューヨーク市からヘンデル・メダルを受賞するなど、その晩年まで敬愛される存在でした。

リチア・アルバネーゼは、その長寿（享年105歳）と、キャリアを通じて維持された高い水準の歌唱によっても知られています。彼女の歌声は、オペラ史における一つの時代を彩り、今なお多くのオペラファンに愛され続けています。

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