リッタの聖母

『リッタの聖母』（マドンナ・リッタ）は、15世紀末にレオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれたとされる絵画です。この作品は、聖母マリアが幼子イエスに母乳を与えている場面を描いた「授乳の聖母」として知られています。

画面構成は、レオナルドの初期作品『カーネーションの聖母』と類似しており、薄暗い室内、アーチ状の窓、そして遠景には空気遠近法が用いられた山並みが描かれています。幼子イエスが手に持つゴールドフィンチは、キリストの受難を象徴するモチーフです。

『リッタの聖母』の作者については、レオナルドの真作とする説が有力である一方で、弟子であるジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオやマルコ・ドッジョーノの作とする説も存在します。現在、この作品を所蔵するエルミタージュ美術館はレオナルドの真作であると主張しています。

制作の経緯と習作

この絵画は、レオナルドがミラノで工房を主催していた時期（1481年/1483年 - 1499年）に制作されたと考えられています。ウフィツィ美術館所蔵のドローイングには、1478年にレオナルドが「二点の聖母マリア」を描き始めた記録があり、1482年の工房目録にも聖母の作品が二点記載されています。これらの記録は『リッタの聖母』に関連している可能性があり、レオナルドがフィレンツェ時代に制作を開始し、ミラノの工房で弟子たちが仕上げたという説もあります。しかし、科学的分析の結果、一人の芸術家によって描かれた可能性が高いという見解も出ています。

『リッタの聖母』の習作と考えられるドローイングが数点現存しています。ルーヴル美術館所蔵の「ヴァラルディ手稿」には、銀筆で描かれた若い女性の頭部のドローイングが含まれており、これはレオナルドの工房で手本として使われたことがわかっています。また、このドローイングを元にした絵画も存在し、16世紀の画家による作品がフランクフルトのシュテーデル美術館に所蔵されています。

銀筆で描かれた別の二点のドローイングは、レオナルドの模倣者、おそらくボルトラッフィオの手によるものと考えられています。パリのオランダ協会所蔵の幼子キリストの頭部と、ベルリンの銅版画陳列館所蔵のマリアの衣服のドローイングです。これらのドローイングは、完成した絵画を模写したのではなく、『リッタの聖母』の習作として制作されたと考えられています。

メトロポリタン美術館にも、ボルトラッフィオ作とされるドローイングが所蔵されていますが、こちらは厳しい横顔で描かれており、『リッタの聖母』との関連性は薄いとされています。このドローイングは制作初期の習作であり、レオナルドがルーヴル美術館所蔵のドローイングに修正を加えたという説があります。

作者の同定と来歴

『リッタの聖母』がレオナルドの真作だと考えられていたことは、多くの模写や複製画が存在することからも推測できます。しかし、ジョヴァンニ・アントーニオ・ボルトラッフィオやマルコ・ドッジョーノも作者として名前が挙がることがあります。デイヴィッド・アラン・ブラウンは、ドッジョーノの作品に『リッタの聖母』の構成に似たものがあることから、ドッジョーノが作者であると主張しています。一方、ボルトラッフィオの作品にはそのような構成のものは見られないと指摘されています。2011年から2012年にかけて、ロンドンでレオナルドの初期作品の大規模な展覧会が開かれた際、『リッタの聖母』は真作として展示されましたが、これは貸与の条件だったという美術史家の指摘もあります。

『リッタの聖母』は、レオナルドが1500年にヴェネツィアへ避難した際に持ち込まれたと考えられています。ヴェネツィアの貴族、マルカントニオ・ミキエルは、1543年にコンタリーニ家の邸宅に所蔵されていた『リッタの聖母』と思しき絵画を記録しています。初期の版画や複製画も存在しており、ヴェローナのカステロヴェッキオ美術館には、ヴェネツィア派の画家による初期の複製画が所蔵されています。

確実な記録として残るのは、1784年にアルベリコ12世・ディ・ベルジョイオーゾ公子がジュゼッペ・ローという人物から『リッタの聖母』を購入したという記録です。1813年にベルジョイオーゾが亡くなった後、ミラノのリッタ家の所有となり、1865年にロシア皇帝アレクサンドル2世がアントーニオ・リッタ侯から買い上げました。現在、この絵画はエルミタージュ美術館に所蔵されており、木板からキャンバスに移植されています。

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