リュカーオーン

ギリシア神話に登場する「リュカーオーン」という名前は、複数の人物に用いられています。特に著名なのは、アルカディア地方を統治した王と、トロイアの王プリアモスの息子として知られる人物です。この他にも数名の同名人物が語られています。

アルカディアの王リュカーオーン

アルカディア地方を治めたこの王リュカーオーンは、伝えられる系譜がいくつかあります。一説にはペラスゴスとオーケアノスの娘メリボイアの子、あるいはニュンペーのキュレーネー、またはデーイアネイラの子とされます。彼はカリストーという一人の娘と、五十人もの多くの息子をもうけたとされます。

古代ギリシアの地理学者パウサニアースの記録によると、リュカーオーンはアテナイ王ケクロプスとほぼ同時代の人物でした。彼はアルカディアの地に、地上最初の都市とされるリュコスーラを築いたとされています。また、リュカイオン山ではゼウス・リュカイオスへの祭祀を始め、リュカイア競技祭を創設したとも伝えられています。別の伝承では、キュレーネーにおいてヘルメース神のためのアルカディア最初の神殿を建立したとも言われています。

変身譚

リュカーオーンの物語で最も有名なのは、彼が狼に変身したという伝承です。パウサニアースによれば、彼はゼウス・リュカイオスへの供物として人間の赤子を殺して捧げた結果、即座に狼へと姿を変えました。さらにパウサニアースは、リュカーオーンの時代以降も、同様にゼウス・リュカイオスに人身供犠を行った者は狼に変身すると述べています。狼に変身した者が10年間人間を襲わずに過ごせば元の姿に戻れますが、もし人肉を食らった場合は二度と人間に戻ることができないと伝えられています。

ローマの詩人オウィディウスによる『変身物語』では、リュカーオーンは邪悪な人物として描かれています。ゼウスが彼の元を訪れた際、リュカーオーンは客が本当に神であるか試そうとし、寝込みを襲って殺害を企てた、あるいはモロッシアから送られてきた人質の男を殺して食事として出したとされます。これに激怒したゼウスは、リュカーオーンの一族を雷で滅ぼし、辛くも逃れたリュカーオーン自身を狼に変えました。

リュカーオーンの子供たち

別の伝承では、リュカーオーンの息子たちが傲慢だったため、ゼウスが人間に化けて彼らの行いを試すために訪問したという話があります。彼らはゼウスを客人として迎え入れましたが、息子の一人マイナロスが人肉でもてなすことを提案し、アルカディア出身の少年を殺害してその肉を料理に混ぜて出したのです。これに怒ったゼウスは、料理が置かれた食卓（トラペザ）をひっくり返し、リュカーオーンと彼の息子たちを雷によって滅ぼしました。しかし、大地母神ガイアのとりなしによって、末子のニュクティーモスだけが助け出されました。ニュクティーモスは父の跡を継いでアルカディアの王位につきましたが、リュカーオーンと息子たちの非道な行いが、後にデウカリオーンの大洪水を招く原因となったとも語られています。

パウサニアースの記述では、リュカーオーンの多くの息子たちがアルカディア地方に数々の町を建設したとされています。また、息子の一人オイノートロスはイタリアに移住したと伝えられていますが、イタリアへ渡った人物についてはイアーピュクス、ダウニオス、ペラケティオスであったとする異説も存在します。

リュカーオーンには、彼の性格や息子たちとは全く似つかない、清純で美しい一人娘カリストーがいました。しかし、彼女もまた獣に変身するという運命に見舞われることになります。彼女の物語はカリストーの項目で詳述されています。

トロイアのプリアモス王の息子リュカーオーン

もう一人の有名なリュカーオーンは、トロイアを治めたプリアモス王と妻ラーオトエーの間に生まれた息子です。彼はポリュドーロスと兄弟にあたります。

トロイア戦争中、リュカーオーンはプリアモスの果樹園にいたところをアキレウスの夜襲に遭い、捕虜となりました。アキレウスは彼をレームノス島の王エウネーオスに売り、その代価として百頭の牛に匹敵する価値を持つ銀の混酒器を得たとされています。リュカーオーンは、父プリアモスと親交の深かったイムブロス島の王エーエティオーンがその三倍の身代金を支払ってくれたため、解放されてトロイアへと戻ることができました。帰国後、彼は11日間は比較的穏やかに過ごしました。

しかし、運命は彼に味方しませんでした。トロイア戦争の英雄パトロクロスが戦死したことで、アキレウスが再び戦場へと復帰しました。その12日目、多くのトロイア兵がスカマンドロス河へと追い詰められる中で、アキレウスは敵の中にリュカーオーンを見つけました。リュカーオーンはアキレウスに気づき、必死に命乞いをしましたが、アキレウスの怒りは深く、彼は容赦なく殺害されました。

その他の同名人物

上記以外にも、リュカーオーンという名前を持つ人物が複数知られています。

アルカディア王リュカーオーンの母デーイアネイラの父とされる人物。
英雄パンダロスやエウリュティオーンの父。
* エウリュピュロスの父。

これらのリュカーオーンは、上記の二人に比べると神話での役割は限定的です。

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