リュシス

プラトンの初期対話篇『リュシス』：友愛への問いかけ

プラトンの初期対話篇の一つである『リュシス』（副題：友愛について）は、アテナイのリュケイオン近郊の体育場を舞台に、ソクラテスと美少年リュシス、そして彼を取り巻く若者たちの間で展開される、友愛についての議論を描いています。ソクラテスが老年期に差し掛かった時期の出来事として、対話篇は独特の構成と魅力を持っています。

登場人物と背景

物語の中心人物は、老年のソクラテス、美少年リュシス、リュシスの親友メネクセノス、リュシスに恋する青年ヒッポタレス、そしてヒッポタレスの友人クテシッポスです。クテシッポスはメネクセノスのいとこであり、『エウテュデモス』にも登場する人物です。 彼らはパノプスの泉付近の新設された体育場で、主に時間を過ごしています。

物語の展開：恋から始まる問答

ソクラテスはアカデメイアからリュケイオンに向かう途中、ヒッポタレスとクテシッポスに呼び止められます。ヒッポタレスはリュシスに恋心を抱いており、その恋愛感情の扱い方についてソクラテスの助言を求めているのです。 この出会いをきっかけに、ソクラテスはリュシスとメネクセノスと出会い、「友愛」についての本格的な議論が始まります。

対話篇は、ソクラテスが過去の出来事を読者に語るという形式を取っており、ナレーションが比較的多くを占めています。これはプラトンの初期対話篇に特有の構成と言えるでしょう。

友愛とは何か？ソクラテスの問答劇

ソクラテスは、リュシスとメネクセノスに友愛の本質を問いかけます。当初、「愛する者」と「愛される者」の関係性から友愛を定義しようと試みますが、ソクラテス自身の鋭い反論によって、この定義には矛盾点があることが明らかになります。

次に、「似た者同士」や「反対の者同士」が友になるという説も提示され議論されますが、いずれも決定的な結論には至りません。「善いもの」と「善くも悪くもないもの」の関係性や、「第一の根源的な善（友）」という概念も提起されますが、ソクラテスは徹底的な議論を通して、これらの概念の不完全さを示していきます。

議論は、「欲望」と「欠落」という新たな視点へと移り変わります。ソクラテスは、友愛の根源は、互いに補完し合う「欠落」にあると示唆しますが、この考えもまた、以前の議論と矛盾する可能性があることを認めます。

アポリア：結論なき議論

『リュシス』の特徴は、友愛という問題について結論を導き出せない点にあります。ソクラテスは、様々な角度から友愛を分析しますが、それぞれの定義には必ず欠陥があり、議論は堂々巡りを繰り返します。これは、プラトンの初期対話篇に多く見られる「アポリア」（行き詰まり）と呼ばれる手法です。

哲学的深み：イデア論への伏線

「第一の根源的な善（友）」という概念は、後のプラトンのイデア論を予感させる重要な要素です。この概念は、真の善や友愛は、それ自体として存在し、他の諸々の善は単なる影のような存在であるという考えを示唆しています。

パイディカ（少年愛）の側面

『リュシス』は、ソクラテスの「パイディカ」（少年愛）に対する考えについても触れています。ヒッポタレスのリュシスへの恋は、対話の出発点となり、ソクラテスは少年への適切な対応について助言します。この物語は、単なる友愛論だけでなく、古代ギリシアにおける人間関係や愛情観についても理解を深める機会を提供します。

結論：問い続けることの大切さ

『リュシス』は、友愛というテーマについて明確な答えを与えませんが、問い続けることの重要性を示しています。ソクラテスと少年たちの問答を通して、読者は友愛の本質について深く考え、自分自身の友愛観を問い直す機会を得ることでしょう。結論なき議論こそが、『リュシス』という対話篇の真の価値であり、プラトンの哲学への入り口となるのです。

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