リュート奏者としての自画像
『リュート奏者としての自画像』は、イタリアのバロック期を代表する女性画家アルテミジア・ジェンティレスキが1615年から1617年の間に描いた油彩の自画像です。この作品では、アルテミジアがリュートを演奏する姿で描かれ、鑑賞者をまっすぐに見つめています。彼女の多くの自画像の中でも特に注目されるこの作品は、ローマでのレイプ裁判を経てフィレンツェに移住した後に制作されました。
この絵画は、1638年のヴィラ・メディチの目録に「自らの手でリュートを演奏するジェンティレスキの肖像」として記載されていることから、フィレンツェのメディチ家の一員のために制作されたと考えられています。メディチ家は芸術家の育成に貢献しており、アルテミジアが男性中心のアカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディセーニョに入会するのを支援しました。これらの背景から、この作品は第4代トスカーナ大公コジモ2世・デ・メディチの依頼による可能性が高いとされています。
この絵画は、アルテミジアの特徴的な栗色の髪、高い額と頬骨、隆起した鼻筋、アーチ型の眉毛、固く閉じた唇、アーモンド形の目といった要素を捉えています。彼女は腰から上の姿で、身体を右に向け、頭を左に傾けています。スポットライトを浴びているかのように強調された彼女の姿は、黒一色の背景によく映えます。リュートは、鑑賞者に見やすいように顔の向きに合わせて回転させて持たれており、指の位置も正確に描かれています。これらの点から、美術史家たちはアルテミジアが実際にリュートを演奏したことがあると結論付けています。彼女は頭に金糸で刺繍された白い布をターバンのように巻き、頬は顔の他の部分よりもピンク色で、鑑賞者と直接目を合わせています。白いトップスの上に重ね着した青いトップスにも、ターバンのものと似た金糸の刺繍が施されています。
アルテミジアは、画家としての自身のアイデンティティとは異なる衣装を身に着けて自画像を描くことが多いため、彼女が制作した自画像の正確な枚数を特定することは困難です。彼女は、父オラツィオ・ジェンティレスキから絵画の指導を受け、カラヴァッジョの影響も強く受けています。本作は、劇的な光と影のコントラスト、現実を強烈に描写するカラヴァジョ的要素が組み込まれている好例です。この自画像は、美術収集家のプライベートコレクションのために制作された一方で、アルテミジアの知性と文化的知識を表現する手段でもありました。
この絵画では、ロマの女性に似た衣装を身に着けたアルテミジアが描かれており、スカーフや衣装には象徴的な意味が込められています。彼女は知識豊富な音楽家として、または遊女としての自己描写、さらには自身のアイデンティティの一側面を架空に表現した姿として描かれています。
この作品の構図は、同時期に描かれた『アレクサンドリアの聖カタリナ』などの作品と密接に関連しており、アルテミジアがフィレンツェでの評判を確立する手段として自画像を用いたことを示唆しています。聖カタリナはフィレンツェで人気のある聖人であり、アルテミジアは聖人としての自画像や肖像画を数多く制作しました。これらの作品には、身体の向き、頭の角度、ターバンの使用など、共通する要素が多く見られます。ほぼ同じサイズで同時期に制作されたこれらの作品には、同じ下絵が再利用された可能性も指摘されています。
『リュート奏者としての自画像』は、当時の他の芸術家の自画像とは異なり、アルテミジアを画家と直接結びつける象徴物が描かれていません。頭に巻かれたターバンは、ミケランジェロの素描に描かれたターバンと関連があると考えられています。このターバンは、芸術性を間接的に象徴する意味合いがあるとされています。アルテミジアは、スカーフとローカットの衣装でロマの音楽家に扮しており、このスタイルの芸人は当時のイタリア宮廷での上演に登場していました。スカーフはカラヴァッジョの『女占い師』に描かれたものに似ており、アルテミジアの衣装も当時のロマを描いた他の絵画と共通しています。
この作品は、メディチ家の宮廷記録官チェーザレ・ティンギによって記録されたロマの女性の舞踏パフォーマンス「バッロ・デッレ・ジンガレ」との関連性も指摘されています。当時、アルテミジアと思われる女性が宮廷での上演でロマ人に扮して歌ったという記録もあります。自らを音楽家として描くことは、ソフォニスバ・アングイッソラやラヴィニア・フォンターナといった他の女性画家と同等であることを示唆しているとも考えられます。彼女たちは自身の知識と高潔さを示すために楽器を演奏する自画像を制作していました。
アルテミジアは、バラ色の頬や胸を強調した衣装によって、それまでの女性には見られなかった性的な意味合いを作品に加えています。しかし、彼女が遊女として自身を描いたのか、それとも安全な方法でアイデンティティの側面を拡張するために一時的に異なるアイデンティティを割り当てたのかについては、様々な解釈が存在します。彼女は、男性によって構築された女性のアイデンティティの単一的な役割を拒否し、自身の多面性を絵画の中で表現しようとしたのかもしれません。
この絵画の来歴については、不明な点が多く残っています。1998年にロンドンのサザビーズで売却されたことが記録されています。
制作経緯
この絵画は、1638年のヴィラ・メディチの目録に「自らの手でリュートを演奏するジェンティレスキの肖像」として記載されていることから、フィレンツェのメディチ家の一員のために制作されたと考えられています。メディチ家は芸術家の育成に貢献しており、アルテミジアが男性中心のアカデミア・デッレ・アルティ・デル・ディセーニョに入会するのを支援しました。これらの背景から、この作品は第4代トスカーナ大公コジモ2世・デ・メディチの依頼による可能性が高いとされています。
作品の特徴
この絵画は、アルテミジアの特徴的な栗色の髪、高い額と頬骨、隆起した鼻筋、アーチ型の眉毛、固く閉じた唇、アーモンド形の目といった要素を捉えています。彼女は腰から上の姿で、身体を右に向け、頭を左に傾けています。スポットライトを浴びているかのように強調された彼女の姿は、黒一色の背景によく映えます。リュートは、鑑賞者に見やすいように顔の向きに合わせて回転させて持たれており、指の位置も正確に描かれています。これらの点から、美術史家たちはアルテミジアが実際にリュートを演奏したことがあると結論付けています。彼女は頭に金糸で刺繍された白い布をターバンのように巻き、頬は顔の他の部分よりもピンク色で、鑑賞者と直接目を合わせています。白いトップスの上に重ね着した青いトップスにも、ターバンのものと似た金糸の刺繍が施されています。
アルテミジアは、画家としての自身のアイデンティティとは異なる衣装を身に着けて自画像を描くことが多いため、彼女が制作した自画像の正確な枚数を特定することは困難です。彼女は、父オラツィオ・ジェンティレスキから絵画の指導を受け、カラヴァッジョの影響も強く受けています。本作は、劇的な光と影のコントラスト、現実を強烈に描写するカラヴァジョ的要素が組み込まれている好例です。この自画像は、美術収集家のプライベートコレクションのために制作された一方で、アルテミジアの知性と文化的知識を表現する手段でもありました。
この絵画では、ロマの女性に似た衣装を身に着けたアルテミジアが描かれており、スカーフや衣装には象徴的な意味が込められています。彼女は知識豊富な音楽家として、または遊女としての自己描写、さらには自身のアイデンティティの一側面を架空に表現した姿として描かれています。
構図と関連作品
この作品の構図は、同時期に描かれた『アレクサンドリアの聖カタリナ』などの作品と密接に関連しており、アルテミジアがフィレンツェでの評判を確立する手段として自画像を用いたことを示唆しています。聖カタリナはフィレンツェで人気のある聖人であり、アルテミジアは聖人としての自画像や肖像画を数多く制作しました。これらの作品には、身体の向き、頭の角度、ターバンの使用など、共通する要素が多く見られます。ほぼ同じサイズで同時期に制作されたこれらの作品には、同じ下絵が再利用された可能性も指摘されています。
シンボリズム
『リュート奏者としての自画像』は、当時の他の芸術家の自画像とは異なり、アルテミジアを画家と直接結びつける象徴物が描かれていません。頭に巻かれたターバンは、ミケランジェロの素描に描かれたターバンと関連があると考えられています。このターバンは、芸術性を間接的に象徴する意味合いがあるとされています。アルテミジアは、スカーフとローカットの衣装でロマの音楽家に扮しており、このスタイルの芸人は当時のイタリア宮廷での上演に登場していました。スカーフはカラヴァッジョの『女占い師』に描かれたものに似ており、アルテミジアの衣装も当時のロマを描いた他の絵画と共通しています。
解釈
この作品は、メディチ家の宮廷記録官チェーザレ・ティンギによって記録されたロマの女性の舞踏パフォーマンス「バッロ・デッレ・ジンガレ」との関連性も指摘されています。当時、アルテミジアと思われる女性が宮廷での上演でロマ人に扮して歌ったという記録もあります。自らを音楽家として描くことは、ソフォニスバ・アングイッソラやラヴィニア・フォンターナといった他の女性画家と同等であることを示唆しているとも考えられます。彼女たちは自身の知識と高潔さを示すために楽器を演奏する自画像を制作していました。
アルテミジアは、バラ色の頬や胸を強調した衣装によって、それまでの女性には見られなかった性的な意味合いを作品に加えています。しかし、彼女が遊女として自身を描いたのか、それとも安全な方法でアイデンティティの側面を拡張するために一時的に異なるアイデンティティを割り当てたのかについては、様々な解釈が存在します。彼女は、男性によって構築された女性のアイデンティティの単一的な役割を拒否し、自身の多面性を絵画の中で表現しようとしたのかもしれません。
来歴
この絵画の来歴については、不明な点が多く残っています。1998年にロンドンのサザビーズで売却されたことが記録されています。
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