リンカーン法曹院

リンカーン法曹院：歴史と伝統を刻むロンドンの法曹院

ロンドン中心部のホルボーンに位置するリンカーン法曹院 (The Honourable Society of Lincoln's Inn) は、イングランドとウェールズの法曹界において重要な役割を担う由緒ある法曹院です。ロンドンの4つの法曹院の一つとして、法廷弁護士の育成・認定において独占的な権限を持ち、イングランドとウェールズの全ての法廷弁護士および裁判官は、いずれかの法曹院に所属することが法律で義務付けられています。

歴史と起源：5世紀を超える伝統

リンカーン法曹院は、非営利の協会組織として、法廷弁護士の育成と認定に尽力しています。他の3つの法曹院と同様に、5世紀以上にわたる歴史を誇り、その敷地内には、広大な図書館、宿泊施設、ダイニングホール、チャペル、そして静謐な庭園などが整備されています。

その歴史は、1422年から存在する「Black Book」と呼ばれる記録文書に詳細に記されています。この書物には、主に法曹院の財政に関する事項が記載されていますが、1422年の版には、それ以前から法曹院が存在したことが示唆されており、リンカーン法曹院が最古の法曹院であるとする説の根拠となっています。しかし、4つの法曹院は伝統的に同格とされており、最古の法曹院を巡る論争は避けているため、公式には最古の法曹院は決定されていません。

現在の場所には、遅くとも1442年から存在し、当初はチチェスター司教から土地を借りていましたが、1580年には自由保有権を取得しています。法曹院の名前の由来については、第3代リンカーン公爵ヘンリー・ド・ラシー（1249-1311）説と、リンカーン大司教ロバート・ド・チェスニー説の2つの説があり、確証は得られていません。チェスニー説では、チェスニーが1161年に現在のサウサンプトン・ビルディング（リンカーン法曹院の東隣）が建つ土地にあった「オールド・テンプル」を取得したことに由来する、というものです。

荘厳な建築物：歴史的建造物の宝庫

リンカーン法曹院の大きな特徴は、その荘厳な建築物です。15世紀後半から現存するオールド・ホール、チャンスリー・レーン側の門、17世紀に整備されたニュー・チャペルとニュー・スクウェア、そしてリンカーン・イン・フィールズ側に面したヴィクトリア朝時代のゴシック建築であるグレート・ホールと図書館（Hardwick親子による設計）などは、第二次世界大戦中の空爆を奇跡的に免れ、イギリス指定建造物一級に登録されています。一般公開されており、誰でも無料で敷地内に入場し、美しい庭園や建物を鑑賞できます。

貴重な蔵書を誇る図書館：法学研究の拠点

1471年には既に記録に登場するリンカーン法曹院図書館は、現在では15万冊を超える蔵書を誇ります。蔵書の大部分はイギリスの司法に関する書籍で、中には非常に貴重な資料も含まれています。「Hale Manuscripts」は、英国高等法院首席裁判官を務めたマシュー・ヘイルが1676年に亡くなった後、遺言によって寄贈されたものです。

図書館はイギリス国内の資料だけでなく、英連邦諸国の司法関連書籍、判例集、法学教科書なども多く収蔵し、英連邦の司法関連書籍に関しては、法曹院間で役割分担をして収集されており、リンカーン法曹院図書館はオーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、シンガポールなどの太平洋・アフリカ地域を担当しています。また、1801年以降のイギリス議会の議事録もほぼ全て所蔵しています。その他、地誌、法曹院周辺の歴史を記した書物、教区記録、小説、そして司法関連のパンフレットや小冊子など、多様な資料を収集しています。特に16世紀以前のパンフレットや小冊子約2000点は、法学・司法史研究において貴重な情報源となっています。

現在の図書館は、1843年から45年にかけてグレート・ホールの北端に建設され、1872年には増築されています。

リンカーン法曹院と軍：現代の側面

法学院以外にも、イギリス軍の68 Signal Squadron（情報機器運用部隊）の本部が、18世紀後半にロバート・テイラーによって設計されたNo.10 Stone Buildingに置かれています。

著名な関係者：世界に影響を与えた人物たち

リンカーン法曹院には、政治家、裁判官、作家、学者など、多様な分野で活躍した著名な関係者が数多くいます。コモン・ローを採用する英連邦諸国との人的交流も盛んであり、多くの卒業生が、それぞれの国で重要な役割を担っています。以下に、その一部を紹介します。

政治家: トニー・ブレア、マーガレット・サッチャー、オリバー・クロムウェル、トマス・モアなど

裁判官: ウィリアム・マリー、マシュー・ヘイル、フランク・マーフィーなど

その他: ジョン・ダン、ジョン・ゴールズワージー、ムハンマド・イクバールなど

リンカーン法曹院は、歴史と伝統を誇るだけでなく、現在も法曹界の中枢として重要な役割を果たし続けています。その荘厳な建物、貴重な蔵書、そして世界に貢献した多くの著名な関係者たちは、リンカーン法曹院が持つ歴史と重み、そして未来への展望を示しています。

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