リンカーン郡戦争

リンカーン郡戦争とは

1870年代後半、アメリカ西部のフロンティア、ニューメキシコ準州リンカーン郡を舞台に繰り広げられた一連の紛争事件が「リンカーン郡戦争」です。この争いは、裕福な牧場主グループと、地域を独占する雑貨店経営者グループという、二つの勢力間で発生しました。この抗争には、悪名高い無法者ビリー・ザ・キッドが牧場主側として参加したことで、特に知られています。

事件の背景

マーフィー、ドランの派閥

アイルランド移民のローレンス・マーフィーとジェームズ・ドランが率いる派閥は、雑貨店「ザ・ハウス」を経営していました。彼らは、地域の物資供給と商取引をほぼ独占し、郡庁所在地リンカーンにおける絶対的な権力を握っていました。さらに、サンタフェの土地役人たちと結託し、政治・犯罪組織「サンタフェ・リング」を形成し、地域の法執行を牛耳っていました。

タンストールの派閥

一方、イギリス出身の牧場主ジョン・タンストールは、若き銀行家・商人として、マーフィー、ドランの支配に対抗する勢力として台頭しました。彼は、弁護士アレクサンダー・マクスウィーンや、大牧場主ジョン・チザムと協力し、「レギュレーターズ」と呼ばれる自警団を組織しました。この中には、ビリー・ザ・キッドも参加していました。タンストールは、「ザ・ハウス」の向かいに新たな雑貨店を開業し、チザムから買い付けた牛を納品し、マーフィー派との対立を深めていきました。

レギュレーターズ「アイアン・クラッド」

「レギュレーターズ」には、アメリカやメキシコのカウボーイたちが参加していましたが、中心的なメンバーは「アイアン・クラッド」と呼ばれました。そのメンバーには、ビリー・ザ・キッド、リチャード・ブリュワー、フランク・マクナブ、ジョシア・スカーロック、ジム・フレンチ、ジョン・ミドルトン、コー兄弟（ジョージとフランク）、ホセ・チャベス・イ・チャベス、チャーリー・ボウドル、トム・オフォリアード、フレッド・ウェイト、ヘンリー・ブラウンなどがいました。

戦争の勃発

1877年秋、ビリー・ザ・キッドがタンストールに雇われた直後、両派閥間の暴力的な衝突が始まりました。「ザ・ハウス」の経営者たちは、タンストールの未払い債務を理由に彼の馬を差し押さえるための裁判所命令を取得し、ジェシー・エヴァンス率いる「ザ・ボーイズ」が馬の回収に向かいました。このグループには、かつてビリー・ザ・キッドも所属しており、無法者カーリー・ビル・ブロシウスも名を連ねていました。

1878年2月18日、ドラン一派はタンストールをリンカーン郊外に追い詰めました。抵抗したタンストールは、ジェシー・エヴァンス、ウィリアム・モートン、トム・ヒルによって射殺されました。この事件は、ビリー・ザ・キッドを含むタンストール側のカウボーイたちによって目撃されました。

タンストール派の生き残ったカウボーイたちは、タンストールの殺害犯を逮捕するために代理に任命され、報復を開始しました。彼らは「レギュレーターズ」として知られるようになり、タンストール殺害への報復と、マクスウィーンとチザムの利益を追求しました。

報復合戦

レギュレーターズは、タンストールの殺害に関与したドラン側のカウボーイたちを次々と追い詰めました。まず、ウィリアム・モートンを捕らえましたが、護送中にモートンとその仲間は殺害されました。レギュレーターズは、モートンが護送役を殺して逃亡しようとしたため、やむなく射殺したと主張しましたが、その証拠は不十分であり、実際はレギュレーターズによる処刑だったという見方が強いです。

1878年4月1日、レギュレーターズはリンカーンの目抜き通りで保安官ウィリアム・ブラディと副保安官を待ち伏せし、殺害しました。さらに、ドラン側で働いていたガンマン、バックショット・ロバーツを攻撃しましたが、この戦闘でレギュレーターズのリーダーであるディック・ブリュワーが死亡しました。その後、フランク・マクナブがレギュレーターズのリーダーに選出されましたが、すぐにドラン一派に殺害され、ドク・スカーロックが新しいリーダーになりました。

レギュレーターズは、ドラン一派だけでなく、政府の部隊とも衝突を重ねました。1878年5月15日には、フランク・マクナブを殺害したとされるマニュエル・セゴヴィアを捕らえて殺害しました。この頃、トム・オフォリアードという新しいメンバーが加入し、ビリー・ザ・キッドの親友となりました。

リンカーンの戦い

1878年夏、両派閥間の対立は激化し、リンカーンの町で大規模な戦闘が発生しました。レギュレーターズは、マクスウィーンの家とエリスの店に立てこもり、マーフィー、ドラン一派やセブン・リヴァーズのカウボーイたちに包囲されました。3日間に及ぶ銃撃戦の末、アメリカ合衆国軍が到着し、事態は膠着状態となりました。

7月19日、ついに「ザ・ハウス」に火が放たれました。炎が広がる中、マクスウィーンの妻スーザンは無事に脱出しましたが、家の中に残っていた者たちは、燃え盛る炎の中から脱出しようとしました。その際、マクスウィーン自身も殺害され、リンカーンの戦いは終結しました。

事件の余波

リンカーン郡戦争は、地域に不信と敵意を蔓延させる結果となりました。生き残ったレギュレーターズのメンバーも次第に散り散りになり、ビリー・ザ・キッドは、チャーリー・ボウドル、トム・オフォリアードなどの仲間と牛泥棒などの犯罪行為を繰り返すようになりました。1881年7月、パット・ギャレット率いる追っ手によって、ビリー・ザ・キッド、トム・オフォリアード、チャーリー・ボウドルは殺害され、リンカーン郡戦争は完全に終結しました。

関連項目

リンカーン郡戦争関連の映画
ビリー・ザ・キッドを題材とした作品

参考文献

* Billy the Kid: A Short and Violent Life, by Robert M. Utley, University of Nebraska Press, 1989.

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