リンバーガー

リンバーガー（Limberger）

ベルギーにルーツを持つリンバーガーチーズは、その強烈な香りで世界的に名を馳せています。ベルギーのリンブルフ州やリエージュ州が発祥とされるこのチーズは、ランブールやリンブルガーとも呼ばれ、一度嗅いだら忘れられないような、鼻を突く独特の匂いを放つことで知られています。しかし、その刺激的な香りの内側に隠された食味は、意外にも穏やかな特性を持っています。起源地ベルギー以外にも、現在ではアメリカ合衆国やドイツなどでも生産が行われています。

リンバーガーを含む一部のウォッシュタイプチーズ特有の発酵プロセスには、「ブレヴィバクテリウム・リネンス」（Brevibacterium linens）という特定のバクテリアが重要な役割を果たしています。この菌は、驚くべきことに人間の皮膚の表面にも生息しており、私たちの体臭の一部をも形成していることが知られています。リンバーガー製造においてこの菌が用いられるようになった背景には、その起源にまつわる興味深い説があります。伝説によると、かつてリンブルフの修道院でチーズが作られていた際、牛乳から分離したカード（凝乳）を混ぜ合わせる工程を、修道士たちが足で踏みつけて行っていたことが始まりではないかと言われています。この物理的な接触を通じて、皮膚に生息していたリネンス菌がチーズに取り込まれ、その後の独特な熟成へと繋がっていった可能性が指摘されています。

このチーズは一般的に直方体の形状をしています。標準的な重量は400グラムから450グラムですが、大型のものになると1.2キログラムに達することもあります。製造過程では、凝固は加熱や加圧を行わずに進められます。熟成期間はチーズのサイズによって異なり、小型のものであれば2〜3週間程度で完成するものもありますが、長いものになると3ヶ月にも及ぶことがあります。これほどの強い香りを持つにも関わらず、実際に口にした際の食味は、その匂いから想像されるような刺激的なものではなく、なめらかでクリーミーな舌触り、そして比較的軽やかな味わいが特徴とされています。この香りと味のギャップもまた、リンバーガーの魅力の一つと言えるでしょう。

現在、北米において商業的にリンバーガーチーズを生産しているのは、ウィスコンシン州モンローに位置するシャレーチーズ協同組合のみとなっています。ウィスコンシン州はチーズ製造が盛んな地域ですが、このリンバーガーに関しては、その製造に特別な注意が必要とされるためか、製造者が正式な免許を取得せずに生産を行うことは法律で禁止されています。

リンバーガーチーズとそのあまりにも個性的な香りは、長年にわたり様々なメディアや文化の中で、ユーモアの対象として取り上げられてきました。その代表的な例の一つに、喜劇王チャールズ・チャップリンの映画『担へ銃』（Shoulder Arms）があります。第一次世界大戦の塹壕戦を描いたこの作品の中で、主人公は故郷から送られてきたリンバーガーの強烈な臭いを嗅ぐやいなや、慌ててガスマスクを装着します。そして、最終的にはこの「匂いの兵器」を敵の塹壕へと投げ込み、敵兵をパニックに陥れるというコミカルなシーンが描かれています。

また、学術的な分野においても、リンバーガーの香りは注目を集めたことがあります。2006年には、オランダの研究チームが、マラリアを媒介する蚊の一種であるガンビアハマダラカのメスが、リンバーガーチーズの匂いと人間の足の匂いの両方に等しく強く引き寄せられることを科学的に証明した功績により、ユーモラスな研究に贈られるイグノーベル賞を受賞しました。この研究は、チーズの匂いが蚊をおびき寄せるトラップとして利用できる可能性を示唆しています。

さらに、歴史上の人物であるチャールズ・リンドバーグが第二次世界大戦中にナチスとの関係を疑われた際、彼の名前がこのチーズの名前に絡められ、皮肉や当てこすりに使われたというエピソードも残されています。これは、リンバーガーの知名度と、その名前が持つ独特の響きが、社会的な揶揄に用いられるほど広まっていたことを示しています。

これらのエピソードからも分かるように、リンバーガーチーズは単なる食品としてだけでなく、その特異性ゆえに様々な文脈で語られる、文化的な側面も持ち合わせたユニークな存在と言えるでしょう。

詳細な情報は、文藝春秋社から出版されている『チーズ図鑑』など、専門の書籍を参照することができます。

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